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Date: 6月 18th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十・原音→げんおん→減音)

1980年にプロトタイプが発表され、翌年発売になったスレッショルドのパワーアンプSTASIS1の規模は、
いまでも強烈な印象として私の中に残っている。

デビュー作の800Aを聴く機会にあったことから、
それに五味先生がオートグラフと相性のいいトランジスターアンプと書かれていたこともあって、
800Aは憧れのパワーアンプであった。

800Aは、なのに早々と製造中止になり中古として店頭に並んでいるのをまだ見たことがない。
800Aのあとに出た400は、800Aに憧れた者にとっては物足りなさを、
400のパワーアップ版であり、800Aの後継機ともいえる4000には、400とは違う意味での物足りなさを感じていた。
800Aの真の後継機はいつ出るんだろうか、と期待していたところに登場したのがSTASIS1だった。

このSTASIS1は買えるとか買えないとか、そういうこと抜きにして、
800Aを超えるアンプがスレッショルドからやっと登場した、と800Aに憧れ続けてきた者に思わせてくれた。

フロントパネルのデザインも、良かった。
私にとってスレッショルドといえば、800AとSTASIS1だけが、すぐに頭に浮ぶ。

800Aはステレオ仕様だったが、STASIS1はモノーラル仕様。
パワートランジスターの数は800Aが24石、STASIS1は72石と3倍の規模になっている。
出力段はPNP型トランジスターとPNP型トランジスターのコンプリメンタリーとなっているから、
出力トランジスターの24石ならばトランジスターの並列数は12となるわけだが、
800Aは通常のコンプリメンタリーではないため並列数は4である。
STASIS1も通常のコンプリメンタリーとは違い、型番にもなっているステイシス回路のため並列数は12である。
とはいえパワートランジスターの数の多さは、いかにもアメリカ的ともいえる。

個人的にはスレッショルドのパワーアンプの頂点はSTASIS1だったと思っている。
STASIS1以降のスレッショルドのアンプへの興味は、私の中では急速に薄れていった。
もうネルソン・パスは、800AやSTASIS1のようなわくわくさせるような、
才気煥発なところを感じさせるアンプをつくり出さなくなってしまったのか……、そんなふうに思いはじめた頃に、
スレッショルドからではなく新しい会社パスラボラトリーからALEPH 0を出した。
さらに今年ファースト・ワットからSIT1とSIT2を出している。

Date: 6月 17th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×九・原音→げんおん→減音)

サウンドボーイの編集長だったOさんも、シーメンスのオイロダインにEMTの927Dst、
そしてアンプは伊藤先生製作のコントロールアンプRA1501Aで、
パワーアンプは伊藤先生製作の300Bシングルアンプをそのままそっくりコピーして自作されたもの。

Oさんは最初から、このシステムに辿りつかれたのではない。
話を聞くと、そうとうなオーディオ道楽して、かなりの数のスピーカーを使ってきて、
ときにスタックスにコンデンサー型スピーカーを特注して、
放射状に振動エレメントをいくつも並べて、疑似的にコーン型スピーカー的なものを試されている。

そういうバックボーンがOさんにはある。
ステレオサウンド 54号に登場された長谷川氏にも同じようなバックボーンがある。

この人たちと同じようなことをハタチそこそこの若造がやったところで、
こういうシステムがもつ良さを理解することは、実のところ無理なはず。

最終的に、こういうシステムに行き着くのであれば、
最初からこういうシステムにしたほうが近道ではないか、経済的には無駄が出ないではないか、という考えもできる。
でも、それは決して近道ではなくて、むしろ廻り道ならばまだしも、道をはずれてしまうことにもなりかねない。

こういうシステムは、
いわば五味先生がマッキントッシュのMC275とMC3500について書かれたことに通じるからである。
MC3500の音を、五味先生は「簇生する花の、花弁の一つひとつを、くっきり描いていてる」とされ、
MC275の音を「必要な一つ二つは輪郭を鮮明に描くが、簇生する花は、花の美しさを出すためにぼかしてある」と。

いまのオーディオ機器の性能は、「音のすみずみまで容赦なく音を響かせる」。
そういう時代にあって、あえて高能率の、ナローレンジのスピーカーを、
真空管アンプ、それも古典的な回路のもので鳴らす、プレーヤーもがっしりした古典的なもの──、
これらでシステムを構築して家庭で音楽を聴くという行為は、
レコードによる音楽の聴き手が取捨選択して音を減らしていくことであるはずだ。

その取捨選択による減音に求められるのはなにか、
これを考えれば私がいいたいことはわかっていただけるはず。
だからいま、この歳になって、
平面バッフルにとりつけたシーメンスのコアキシャル、ダイナコのSCA35、
トーレンスの101 Limitedのシステムから離れてよかった、といえる。

オーディオマニアとしてのバックボーンを築いてこそのシステムなのだから。

Date: 6月 16th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×八・原音→げんおん→減音)

21の時、シーメンスのコアキシャル・ユニットを1.8m×0.9mの平面バッフルにとりつけたモノを鳴らしていた。
部屋は6畳弱の洋間。
平面バッフルが、文字通り目の前に聳え立っているなかで、音楽を聴いていた。

CDは登場していたけれど、このときはまだCDプレーヤーに手を伸ばす経済的余裕はなかった。
聴くのはLPのみ。
プレーヤーはEMT930stのトーレンス版の101 Limited。
アンプは伊藤アンプ、といいたいところだが、それはまだ無理な話であって、
ダイナコの管球式のプリメインアンプのSCA35だった。
フォノイコライザーは101 Limited内蔵の155stを使っていたわけだから、
SCA35はレベルコントロール付きEL84プッシュプルのパワーアンプという使い方だ。

SCA35は、コアキシャルとの相性がいい、ということだった。
それもサウンドボーイのO編集長の言葉だから、すなおに信じた。

SCA35の真空管はすべてテレフンケン製かシーメンス製に置き換えていた。
メインテナンスもしっかりなされたものだった。

この組合せは、ステレオサウンド 54号の長谷川氏のシステムをそのままスケールダウンしたともいえる。
9027Dstが930stになり、伊藤アンプがSCA35に、オイロダインがコアキシャルに、
その平面バッフルも2m四方のものが前述したサイズなのだから。

21で、こういうシステムでフルトヴェングラーやカザルスといった演奏家のレコードを聴くというのは、
そのときステレオサウンドで働いていたからこそ、踏み切れた、といえるところもある。

オーディオとは無関係の仕事についていたら、
21の年齢で、このシステムには踏み切れなかったかもしれない。
やはりワイドレンジを目指したかもしれない、と思う。

でも、幸か不幸か、ステレオサウンドで最新のオーディオ機器の聴かせてくれる音にふれることができる。
だから、ステレオサウンドにいては聴けない音を求めていた、というところもあったのかもしれない。

平面バッフルが部屋のサイズに比して大きすぎた。
もうすこし小型の平面バッフルだったなら、
もうすこしながく、このシステムでレコードを聴いていたかもしれない──、
そういう想いがあるけれど、ながくこのシステムを聴かなくてよかったのかもしれない、ともいまは思っている。

Date: 6月 15th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×七・原音→げんおん→減音)

ステレオサウンド 54号は1980年3月の発行だから、私は17ということもあり、
54号に登場された長谷川氏のリスニングルームの写真、それに記事本文には圧倒された、というよりも、
なにか感慨深いものを受けていた。

とはいえ、当時はそれがどういうものなのかははっきりとはわからずにいたけれども、
音楽の聴き手としての、オーディオマニアとしてのバックボーンの深さのようなものを、視ていたのかもしれない。

伊藤先生のアンプ、それに927Dstという組合せは、
オイロダインにとってはひとつのスタンダードな組合せともいえる。
そういう感じは、記事から伝わってきた。

この組合せは、ひとつの終着点のようにも感じていた。
いつか私も、歳をとったら、それまでにあれこれ遍歴を重ねてきたら、
やはりこういう世界に行き着くのだろうか……、そんなことさえも思っていた。

まぁ、でも、これだけの広さのリスニングルームでオイロダインを鳴らすことは、
たぶん無理だろうな……とも思っていたけれど。

54号の記事を読めばわかることだが、長谷川氏はこの組合せまでには、そうとうにすごいことをやられている。
たとえばアンプ。
真空管のOTLアンプ、それもそうとうに大規模なもの──、
6336Aを10本パラレル接続にして消費電力4.5kVA。
発熱量もそうとうなものだから、アンプ室は別に設けた、とある。
このころの長谷川氏はスイングジャーナル別冊 最新ステレオ・プラン(1970年号)に登場されている。
スピーカーシステムはパラゴン。

ステレオサウンド 54号の記事では、5年以上前にオイロダインを手に入れた、とあるから、
パラゴンの次がオイロダインなのだろう。

長谷川氏は言われている。
     *
自分で考えた部屋で、これはと思うアーティストを選んで聴くとなると、妥協ができない。もう妥協なんてなくして、取り組んでしまうんだなあ。まあこれが道楽というのかなあ。変電所のようなアンプや、いじくり廻したスピーカーで鳴らした揚句たった10Wのアンプで化物みたいなスピーカーを鳴らしているいま、考えて見るとなんだか原点に帰ったという感じだね。伊藤さんが、「私は最新式の回路も、自分で考えた工夫も絶対にやらない」と言っているから、この装置だってなにも新しいものじゃないんだね。
     *
長谷川氏は、はじめから、オイロダインに伊藤アンプと927Dstにされたわけではない。
手巻き蓄音器から音楽を聴き始めて、さんざん道楽した末の「原点」である。

Date: 6月 14th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(余談・原音→げんおん→減音)

シーメンスの直熱三極管Edを使ったアンプを聴いたのは、伊藤先生の仕事場での一度きり。
Edのプッシュプルアンプの音も、ほかの人が作ったアンプのことは聴いたことがない。
自分でEdのアンプを作ったわけでもない。

だから、こういう傾向がEdの音とは、当然いえない。
いくつかの経験があったとしても、出力管だけで真空管アンプの音がすべて決ってしまうわけではないから、
実のところ、Edの音に関して確実なことはいえない。
それでも伊藤先生はEdを使ったアンプを、
サウンドボーイ1983年8月号に発表されたEdのシングルアンプの前に、
自己バイアスと固定バイアス、それぞれのプッシュプルアンプを作られているからこその伊藤先生の、
Edの印象は的確である、と私は信じている。

伊藤先生はEdについて「こんなに美しい球を見たことがない」と表現されている。
そして「ソケットに差し込んで動作させるのが勿体ないくらいの佇まいである」とも。
「音響道中膝栗毛」に、そう書かれている。

伊藤先生も、Edという真空管の美しさに惚れられていることがわかる。
そういう真空管が、シーメンスのEdである。

Edのシングルアンプのあとに300Bシングルアンプを聴いた私の心には、
Edへの失望が生れなかったわけではない。でも、それでもEdは美しい、と思いつづけていた。

それは伊藤先生も同じだったのではないか、と思う。
むしろ実際にEdのアンプを、動作条件をいくつか変えながら作られているのだから、
私なんかよりももっともとEdの美しさに惚れ込まれていたはず。

だから1984年に、無線と実験にプッシュプルアンプを発表されている。
トランス結合ではなく抵抗結合で、シャーシーはシングルアンプ用のものを流用されている。
そのためアンプそのものの佇まいは、いささか損なわれている。

伊藤先生の製作記事には、アンプの音そのものについてはほとんど書かれない。
けれど、このアンプの音については「音響道中膝栗毛」のなかで、こう書かれている。
     *
この装置は想像以上に美しい音を出す。Edの本当の味が出て、他の球では絶対に味わえぬ繊細な音に加えて相当の迫力も出す。
     *
このアンプは初段がE82CC、そしてE82CCによるP-K分割、そのあとにE80CCがくる。
無線と実験の記事には「抵抗値を変化させて種々実験した結果はかなり厖大なデータになりました」とある。
それは「Edの音、それを100%味わいたい一心」からなのである。
伊藤先生にして、ようやくEdの美しさそのままの音を出すに到られた、ということだと思う。

この抵抗結合のEdの音を聴いていたら、Edのアンプを作ることになっていたかもしれない。
もしくは、この抵抗結合のEdプッシュプルアンプの電圧増幅段の定数を参考にして
Edシングルアンプを設計したかもしれない。

「音響道中膝栗毛」は1987年に出ている。

Date: 6月 13th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その13)

ダンピングファクターは値が高けれどいいのか、というと、必ずしもそうとはいえない、と考えている。

まずダンピングファクターにも周波数特性がある。
良心的なメーカーは、ダンピングファクターの値の横に、たとえば50Hzとか100Hzとか書いている。
これは50Hzなり100Hzにおけるダンピングファクターの値である、ということ。
ダンピングファクターは高域にいくにしたがって、その値は小さくなる。
つまり出力インピーダンスは高くなる。

NFBを多量にかけてダンピングファクターの値を良くしているアンプの多くは、
低域においては非常に高い値を示すけれど、それ以上の周波数においては低下していく。

さらに良心的なメーカーだと、数ポイントのダンピングファクターの値を表示しているところもある。

けれど、ただ値だけを表示しているメーカーの方が多い、といえよう。

ダンピングファクターが重要になるのは主に低域においてだから、それでも充分だろう、という意見もきく。
果してそうだろうか、と私は思っている。
できるだけ可聴周波数帯域では一定のダンピングファクターのほうが好ましいのではなかろうか。

それに同じ値のダンピングファクターであっても、
NFBを多量にかけてその値を実現したアンプと、
出力段の規模を大きくして物量を投入することで、それほどNFBをかけずに同じ値を実現しているアンプとでは、
スピーカーに対する駆動力は、当然のことながら同じとはいえない。

ダンピングファクターの値=スピーカーに対する駆動力と考えたいのだが、現実には必ずしもそうではない。
さらにダンピングファクターが同じであっても、
トランジスターアンプと出力トランスを搭載する真空管アンプとでは、また少し違ってくる。

出力トランスの存在は、そのトランスの2次側の巻線(ここには直流抵抗が存在しているが)によって
スピーカーをショートさせていることになるからだ。

ダンピングファクターはわかりやすい数値のようでもあるが、
実際にはアンプを比較する上でそれほと役に立つ数値ではない。
とはいえ、マランツの管球式パワーアンプのようにひとつのアンプで、
ダンピングファクターが変えられるとなると、話は違う。

Date: 6月 13th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×六・原音→げんおん→減音)

伊藤先生は「Edは音がつめたいんだなぁ」と言われた。
そうかもしれないと思って、その言葉を聞いていながらも、
それは300Bと比較しての話であって、それほどつめたい音ではないはず、とも思っていた。

でも伊藤先生の仕事場のシーメンスのWide Angleから鳴ってきた音は、いわれるとおりの音だった。
がっかりしていた、と思う。
だからなのかEdを指さして「さわってみな」と言われた。

Edを見るのも聴くのも初めてとはいうものの、動作中の真空管がどのくらい熱くなっているのかは知っていた。
だから、すぐには手を出せなかった。
伊藤先生は「大丈夫だから」とつけ加えられた。

さわってみた。
これがEdの音に深く関係しているのか、と思いたくなるほど、Edは熱くならない。

そして伊藤先生は300Bシングルアンプにされた。
プレーヤーもコントロールアンプもスピーカーも同じ、
パワーアンプだけが、Edのシングルアンプから300Bシングルアンプに変った。
音も大きく変った。

この瞬間から、300Bシングルアンプの音にまいってしまった。
伊藤先生の300Bシングルアンプの音にまいってしまった。

伊藤先生アンプを知ったのは、Edのプッシュプルアンプだ、と書いた。
その次に知ったのはステレオサウンド 54号に載った300Bシングルアンプだ。

そのころのステレオサウンドには「ザ・スーパーマニア」という記事が連載されていた。
54号に登場されたのは長谷川氏。
シーメンスのオイロダインを2m四方の平面バッフルに取り付けられ、
プレーヤーはEMTの927Dst、アンプは伊藤先生のコントロールアンプと300Bシングルだったのだ。

Date: 6月 12th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×五・原音→げんおん→減音)

「人間の死にざま」を読めば、五味先生も300Bシングルアンプを晩年は愛用されていたことがわかる。
300Bシングルアンプは、いわば直熱三極管シングルアンプの代名詞ともいえる。

私にとっては、いまでは直熱三極管といえばウェスターン・エレクトリックの300Bのことである。
ずっと以前はシーメンスのEdだった。

伊藤先生の存在を知ったのも、1977年ごろの無線と実験に掲載されたEdのプッシュプルアンプからだった。
伊藤アンプに、そのときに惚れた。同時にEdという、300Bとは形も精度感も異る、
いかにもドイツの真空管と思わせるEdの姿に惚れた。

Edを見たあとでは300Bは古めかしくみえた。
だからステレオサウンドの弟分にあたるサウンドボーイに、
伊藤先生のEdのシングルアンプの記事が載ったときは、うれしかった。
このアンプをいつか作ろう、とまた思ってしまった。

無線と実験に載ったプッシュプルアンプはトランス結合による固定バイアスだった。
そっくりそのまま作りたかったのだが、UTCのチョーク(円柱状のCG40)が入手困難だった。
インターステージトランスも出力トランスもUTCだった。
それに平滑コンデンサーにオイルコンデンサーが使われていた。

これらをそっくり同じパーツを手に入れるのは、ステレオサウンドで働くようになってからでもかなり大変だった。
だから、ずっと部品を集めやすいEdのシングルアンプの発表はうれしかったわけだ。

しかも、このEdのシングルアンプを伊藤先生の仕事場で聴くことができた。

このとき、たしか伊藤先生に、サウンドボーイのO編集長に頼まれて何かを届けに行ったのだと記憶している。
O編集長は、事前に伊藤先生に私がEdに惚れ込んでいることを伝えてくれていたようだ。
だからこそ、伊藤先生はEdのシングルアンプを用意して、「Edは見た目はほんといい球なんだ……」と言われた。

伊藤先生の言葉を信じないわけではなかったけれど、
当時はまだ若かったこともあって、心の中では、わずかとはいえ反撥したい気持もあった。

Date: 6月 11th, 2012
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(その3)

トリオの会長だった中野英男氏の著書「音楽 オーディオ 人びと」からは、何度か引用している。
中野氏はプロの書き手ではないけれど、「音楽 オーディオ 人びと」は最初読んだ時、面白いと感じた。
五味先生、瀬川先生、岩崎先生の本ほどは読み返していなけれども、
ときどき書かれていることを思い出しては、そのことを確認する意味もあって、
ところどころ拾い読みをすることは、いまでもある。

アキュフェーズの会長だった春日二郎氏の著書とともに、これらの本はもっと広く読まれてもいいと思うし、
読まれるべきだと思うこともある。

「音楽 オーディオ 人びと」のなかに「本田一郎君登場」という章がある。
ここにルーカスのスピーカーケーブルのことが出ている。

本田一郎氏がどういう人なのかは、「音楽 オーディオ 人びと」を読んでもわからない。
中野氏も「本田君の歳の程はわからない。生まれ、育ちなど、その前半生の軌跡また定かでない。」と書かれている。
この本田氏が中野氏にルーカスのスピーカーケーブルを推められている。

ルーカスのスピーカーケーブルはどうだったのか。
中野氏はこう書かれている。
     *
私のシステムに関する限り、彼の説は一〇〇%正しく、ルーカス線でアンプとスピーカーを結んでスイッチ・オンした途端、我々は思わず顔を見合わせて笑い出してしまったのである。音の変化はそれほど著しかったし、メーカーの責任者でありながら、今迄なんという音で聴いていたのか、という自嘲を込めた感情が、笑いという形で噴出したのであった。
     *
このころの中野氏はヴァイタヴォックスのCN191に苦労されていたようで、
さらに本田氏によるCN191の鳴らし込みについてもふれられているので、引用しておこう。
     *
その時、本田君が示したクリプッシュ・ホーン対策は際立ったものであった。まず、厚さ一〇センチ余り、重量一〇〇キログラムを超える衝立うふたつ作ってスピーカーの背面に立て、壁と衝立の距離、スピーカーと衝立のギャップを微妙に調整した。さらに、アンプとスピーカーの間を三〇メートル位の長さの細いワイヤーで結び、その長さを一〇センチ単位で調整した。
     *
これらのことによりそれまで冴えた音を出すことがなかったCN191が75点くらいの音をだすようになった、そうだ。

ひとつ断わっておくが、スピーカーケーブルの長さ「三〇メートル」は「三メートル」の間違いではない。
中野氏はリスニングルームは30畳ほどの広さにおいて、
あえて30mの長さの、しかも細いスピーカーケーブルなのである。

Date: 6月 10th, 2012
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(その2)

私が最初につかっていたスピーカーケーブルは、スピーカーシステムに付属してきた、いわゆる赤黒の平行線だった。
このスピーカーケーブルをできるだけ短くして使っていた。
それからこの赤黒のケーブルを2本に割いてしっかり撚ってみたりしたこともある。

スピーカーケーブルを購入したのは、パイオニアのスターカッド構造のもだった。
型番は確かJC200で、1mあたり200円くらいだった、と記憶している。

JC200にした理由は簡単だ。
何度か、このブログで書いているように高校生の頃、欠かさず瀬川先生の、
熊本のオーディオ店でのイベントには行っていた。
そこで、スピーカーケーブルについてふれられたとき、
パイオニアのJC200が比較的いい結果で、
同じスターカッド構造の屋内配線材をスピーカーケーブルとして使っている、ということだった。

スターカッドの屋内配線用のものは入手できなくても、
パイオニアのJC200はすぐに入手できたし、値段も安かった。
2m×2で4mあれば十分。200円×4で800円。

4芯構造とはいえ、JC200は特に太いスピーカーケーブルではなかった。
アンプのスピーカー端子にも、スピーカーの入力端子にも末端処理をすることなくそのまま使えた。

JC200の話をされたころは、まだマークレビンソンのHF10Cは登場していなかった。
ステレオサウンド 53号に瀬川先生は「数ヵ月前から自家用に採用していた」と書かれているからだ。

このころスピーカーケーブルとして記憶に残っているのは、
パイオニアの他には、ビクターから出ていた細い線を編んだもの、
海外製品ではたしかイギリスのメーカーのルーカスがあった。

私がルーカスのことを知ったのは、当時の無線と実験かラジオ技術の広告に載っていたからで、
当時としては珍しい海外製のケーブルだったから、
それがどういうものなのかはまったく分らなくても興味を持っていた。
記事になったことはなかった、と思う。

このルーカスのスピーカーケーブルのことが、
1982年に出た「音楽 オーディオ 人びと」という本の中に登場していた。

Date: 6月 10th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続々続々・原音→げんおん→減音)

再生可能な音域を拡大するために複数のスピーカーユニットを組み合わせていく際に、
それぞれのスピーカーユニットには帯域制限を行う。
ウーファーには低い音を、トゥイーターには逆に低い音が入力されないようにする。
それぞれのスピーカーユニットの良さがもっとも発揮できる帯域のみをできるだけ使おうとして、
スピーカーシステムは設計されることが多い。

そのためにスピーカーシステムに内蔵するLCネットワークにするか、
パワーアンプを複数台使用することになるマルチアンプ方式にするか、の違いはあっても、
クロスオーバー周波数をどこに設定し、遮断特性はどういうカーヴにするのか──、
この組合せは文字通り無数にあり、その中からどのポイントとカーヴを選ぶのかは、
スピーカーシステムをまとめていく上で、もっとも面倒で難しく、
けれどスピーカーの奥深さを知ることができる、もっとも面白いことでもある。

これは、つまりフィルターの設定であり、
フィルターは周波数特性をもつ減衰回路である。

スピーカーの再生可能な帯域を拡大するためには、
いまのところ、どうしてもスピーカーユニットを組み合わせていかなければならない。
その組合せに絶対必要なものがフィルターである。いわば特定の帯域以外の音を減らすことである。

LCネットワークやデヴァイディングネットワークといったフィルターを使わずに
スピーカーユニットをただ組み合わせていっただけでは──ただ並列に接続しただけ──では、
まともな音にはならないどころか、まとも動作しない。
ちょっとでも音量をあげればトゥイーターはすぐに飛んでしまう。
ウーファーはその点大丈夫でも、音に関しては高音に関してはまともな音は期待できない。

フィルターはスピーカーユニットを守るためでもあり、音を整えるためにも欠かせない存在である。

音を減らす、ということは、音は整えるということでもある。

Date: 6月 9th, 2012
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(その1)

私が最初に買った(というよりも買えたといったほうが正しいのだが)マークレビンソンの製品は、HF10Cである。
HF10Cといっても、そんな型番の製品がマークレビンソンにあったっけ? と思われる方もいよう。
HF10Cとはマークレビンソン・ブランド最初のスピーカーケーブルである。

1979年に登場したHF10Cは、1mあたり4000円した。4万円ではなく4千円である。
これでも当時としては、相当に高価なケーブルだった。最も高価なケーブルでもあった。

1mあたり4000円なんて安いじゃないか、といまの感覚ではそう受け止められるだろうが、
瀬川先生もステレオサウンド 53号に「1mあたり4千円という驚異的な価格」と書かれている。

HF10CはテレビやFM用のフィーダーアンテナのような構造の平行線で、
プラスとマイナスの線がセパレータによって5mm程度離れている。
芯線の数は、これも当時としては驚異的な2500本だった。
芯線1本あたりの太さは髪の毛ほどの細さではあっても、2500本も束ねてあればけっこうな太さだった。

ある時期から登場した、
どんなに太いスピーカーケーブルでもそのまま使えるスピーカー端子なんてものは、このころのパワーアンプには、
どのメーカーのものであってもついていなかった。
だからHF10Cを使うには、なんらかの末端処理が必要になってくる。
マークレビンソンのML2でもHF10Cは末端処理をしなければならなかった。
(もっともML2には末端処理ずみの3mのHF10Cがペアで付属していたはず。)

私が知る限り、これだけの太さのスピーカーケーブルは、他にはなかった。
当時のマークレビンソンのアンプはLEMOコネクター(いわゆるCAMAC規格のコネクター)を、
広く普及していたRCAピンコネクターより、優れて安全なものとして採用していた。
おそらく、このLEMOコネクターのせいであろうが、
マークレビンソン・ブランドのラインケーブルは細かった。

当時のラインケーブルよりもずっと細く(おそらく最も細い)、しかも高価だった。
なのにスピーカーケーブルのHF10Cは最も太かった。

Date: 6月 8th, 2012
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(序)

これまで、過去に使ってきた(鳴らしてきた)オーディオ機器についてはなんどかふれてきたことはあっても、
いま鳴らしているオーディオ機器については、ほとんどなにもふれてきていない。
これからもふれていくつもりはない。

ときどき、何を使っているのか、ときかれる。
そのとき答えているのは、実は、すこし前まで使っていたモノを言っているだけで、
その型番を言っている時点では、もうすでにそれは使っていない。

いまは使っている(鳴らしている)オーディオ機器についてふれていくのは、
このブログを書いていく上でも、助かることである。
こういうスピーカーシステムを選んだ、こういう理由で選んだ、それは自分にとってこういう出合いだった、とか。
そのスピーカーをどういうアンプで鳴らしてみたとか、
そのときの音の変化について細かいところまで書いていく、とか。
そんなことをこまごま書いていくのは、ある意味、ひじょうに楽なことである。
少なくとも、私は楽なことだと考えている(そうではない、という人もいるだろうけど)。

あえてふれないのは、そればかりが理由ではない。
ほんとうの理由は、違うところにある。
それは、いまはまだ書かない。

いま何を鳴らしているのか、については明かさない方針はこれからも変えない。
けれど、あるスピーカーのことについてだけは、そのスピーカーの型番を明かして、
どう鳴らしていくのか、どう鳴ってくれたのかについては、1年に1度は書いていく。
(それは、そのスピーカーに、書いていかなくては、と私に思わせる「もの」をもっているからだ)

そのスピーカーは1年ぐらいしたら、私のところにやって来てくれる。
このスピーカーは、私にとって終のスピーカーとなる、と思っている。
他のスピーカーシステムを手に入れたとしても、そのスピーカーは死ぬまで鳴らしていく。

古いスピーカーだから、私の寿命とどちらが長いか、けっこうイイ勝負ではないかと思う。
どちらが先にくたばるか、それはわからない。
くたばるまでは、どんなに時間がなくても、そのスピーカーでジャズを一曲だけは毎日聴いていくつもりだ。
そのスピーカーと共にジャズを鳴らしていく、くたばるまで。

終のスピーカーが、終のオーディオへとどう関係していくのか、
いまはまだ想像できない。
(この続きは1年後の予定)

Date: 6月 7th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その12)

ステレオサウンド 53号の記事中には、
4331Aのウーファーについてオーバーダンピングぎみと書いてある。
けれど4331Aのウーファーは2231Aだから、
JBLのウーファーのラインナップのなかではオーバーダンピングぎみとはいえない。
JBLのウーファー、同口径のフルレンジユニットの中では、
D130は確かにオーバーダンピング型のコーン型ユニットである。

だから、この抵抗を挿入する実験は、むしろD130やアルテックの604や515のような、
誰がみてもオーバーダンピングぎみではなくて、
オーバーダンピングと断言できるユニットを使ってやってみるほうが、その効果は如実に出てくると推測できる。

1956年に登場したマランツのModel 2にはダンピングファクターコントロール機能がついている。
この機能を使わない状態でのModel 2のダンピングファクターは20だが、
それを5から1/2(0.5)の範囲で連続可変となっている。

ダンピングファクター20ということは、
8Ωのスピーカー(負荷)に対してはアンプの出力インピーダンスは0.4Ωであり、
この値をダンピングファクター5のときは1.6Ωにして1/2(0.5)のときは16Ωにまで変化させていることになる。
0.4Ωと16Ωとでは20倍違う。

出力インピーダンスを20倍も高くできる機能を搭載している理由は、Model 2の登場した年代にある。
この時代に生きてきたわけではないけれど、
どういうスピーカーが存在していたかはわかっている。
JBLのD130、130A、アルテックの604、515が全盛のときであり、
JBLのLE15が登場するのはもうすこし先1960年になってからである。

ダンピングファクターのコントロールは、オーバーダンピングのユニットに対して有効だったのだろう。
それは単にトーンコントロールで低音を増強するというのではなく、
スピーカーに対する制動そのものを変化させるわけだから。

つまりD130のようなオーバーダンピングのユニットが登場した理由のひとつには、
これらのユニットが生れた同時代のアンプのダンピングファクターは決して高い値ではなかったこと、
その裏付けでもある、と考えてもいいはずだ。

マランツはその後のModel 5、Model 8、Model 9にも、
やり方は変えているものの、抵抗挿入によってダンピングファクターをコントロールできるようにしている。

Date: 6月 7th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その11)

パワーアンプとスピーカーのあいだに抵抗を挿入する手法は、
いまではほとんど話題にならないけれども、
私がオーディオをやりはじめたころにはまだ雑誌で見かけることもあった。

抵抗を入れればダンピングファクターがコントロールできる。
けれど、というか、当然ながら、というか、
それまでなかった抵抗がそこに加わるわけだから、挿入された抵抗器の固有音が加わることになる。
どんな手法にもメリットとデメリットがあるわけで、
その手法をどう判断するかは、自分にとってデメリットよりも、もたらされるメリットが大切がどうかである。

この手法も抵抗器に良質なものを選べば、いまも試してみる価値(というよりも面白さ)がある、と思う。
実際にやる場合に注意すべき点は抵抗値が大きくなればなるほど、
その抵抗による電力損失が大きくなるということで、抵抗の容量の大きなものを必要とする。

オームの法則から電力は電流の二乗×抵抗値だから、
高能率のスピーカーでしかも音量の制約つきであれば、
デールの無誘導巻線抵抗の容量の大きなもので、いくつか抵抗値を変えて実験してみて、
その音の変化を自分のものとできれば、いい経験(勉強)になる。

オーディオマニアはどうしてもなにか比較したときに、どちらが音がいいかの判断をすぐにしがちだが、
ときに大事なのは、どちらがいい音かではなくて、そこでどういう音の変化をしていくのか、
そのことを経験値として自分の中に蓄積していくことである。

蓄積していったことはすぐには役に立たないことの多い、と思う。
それでもいろんなことを試してみて、そうやっていくつものパラメータを自分の中に蓄積していく。
それが、あるレベルを超えれば、それまでどちらかといえばやみくもにやってきていた使いこなしに、
光が射し込んでくる瞬間がきっとくる。

いい音で聴きたいという気持が、ときには音の判断にあせりを生じさせる。
いい音を出すということは、人との競争ではないのだから。
だからこそ先を急がないでほしい、と思うことが最近多くなってきたのは、
そういう空気が色濃くなりはじめてきているのか、それとも私が歳をとったからなのか……。