Date: 1月 30th, 2013
Cate: 世代
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世代とオーディオ(その3・余談)

朝型の人間の黒田先生は、ナカミチの680ZXの半速の録音機能を使って、
深夜放送のオールナイトニッポンを録音され、それを聴き、書かれている。
     *
 録音されたものを、翌日になってきいて、本当に驚いた。たしかに声そのものは、中島みゆきの声だった。特徴のあるイントネーションも、そのままだった。しかし、「オールナイト・ニッポン」での中島みゆきは、「私の声が聞こえますか」のジャケットにみられる思いつめた表象の中島みゆきとも、「愛していると云ってくれ」のジャケットでの娼婦的な中島みゆきとも、それに、そう、「おかえりなさい」のじゃテットでの中島みゆきは、あたかも、外国旅行にでたオフィス・レディが、いましも服装をととのえて、寝台車から食堂車にむかおうとしているときのようで、中島みゆきの表情も、その雰囲気も、なかなかチャーミングだったが、そういう「おかえりなさい」のジャケットでの中島みゆきとも、むろん「元気ですか」の中島みゆきとも、極端にちがっていた。
「オールナイト・ニッポン」での中島みゆきは、あたかも陽気な笑い鳥といった感じだった。はじめ仰天し、やがてこっちも笑いころげた。ちなみにというのが、どうやら中島みゆきの口癖のようで、そのことについて、ちなみという名前の女の子が、私の名前を呼びすてにしないでほしいと、番組に書き送ってきたものを、中島みゆきが読んで、中島みゆき自身も大笑いした。
 その番組の中で、中島みゆきは、実によく笑う。テーブルをたたいて笑うこともある。その笑い声にいささかの屈託もない。まことに用機だ。その笑い声をきいていると、きいている方も一緒に笑いたくなる。そういう笑い声だ。笑いながら、一瞬、ふとわれに
かえって、待てよと思う。あの「元気ですか」の詩を書き、それを低い声で読んだのは、本当にこの女だったのだろうかと考えたりするからだ。
「オールナイト・ニッポン」での中島みゆきは、シンガー・ソングライターの中島みゆきなんてうそっぱちだといいたがっているかのようだ。ときに中島みゆきは、新しく録音中のレコードのことをも、笑いの種にしたりする。
 いかなる人間にも裏と表がある。いつもはとびきり陽気な人間が、ふとした機会に、暗い表情をみせることがある。ひまわりだって影をおとす。と、しても、中島みゆきの場合には、極端だ。「オールナイト・ニッポン」での明の中島みゆきと、「元気ですか」での暗の中島みゆきの、いずれが「虚」で、いずれが「実」なのか、ほとんどみさだめがたい。
     *
私も、この黒田先生の文章を読んでしばらくして、中島みゆきのしゃべりをきいた。
極端にちがっていた。
文字で読んで知ってはいたものの、それでも驚くほどちがっていた。

このころはインターネットはなかったし、当然YouTubeなんてものもない。
もし1980年にYouTubeがあったら、黒田先生のこの文章はどう変っていただろうか、ともおもう。

昨年、YouTubeで中島みゆきのしゃべり(ラジオ放送を録音したもの)を見つけた。
オールナイトニッポンよりも前のものらしい。
北海道での放送のものだった、と説明にあったように記憶している。

ここでの中島みゆきのしゃべりは、オールナイトニッポンでのしゃべりと極端にちがっていた。
女の多面性──、そんなことばで片づけられるとはおもわない。
けれど、黒田先生のことばをかりれば、
いずれが「虚」で、いずれが「実」なのか、ほとんどみさだめがたい。

「虚」「実」とわけようとするから、であって、
わけようとしてはいけない、のだとはおもってもいても、意識は中島みゆきの「虚」と「実」に向いてしまう。

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