Date: 1月 13th, 2013
Cate: 長島達夫
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長島達夫氏のこと(その5)

長島先生は1998年6月5日に心不全で亡くなられている。
その約1週間後にステレオサウンド 127号で出ている。
この127号に掲載されている菅野先生の「レコード演奏家訪問」に、長島先生は登場されている。

128号に「長島達夫先生の悼む」が載っている。
菅野先生と柳沢氏が書かれている。

読み返していた。
いろんなことをおもいだしていた。
おふたりの追悼文は、当時読んだ時いじょうに胸に沁みる。

柳沢氏が中島先生の人柄を示すエピソードとして、このようなことを書かれている。
     *
長島さんとの付き合いは長い。ぼくがまだデザイン学生だったころ、グループ制作で小型の魚群探知機をテーマにしたとき、学校にはあまり来なかったがまだ籍だけあった、故・瀬川冬樹氏が「エレキとメカの雑学に強い奴がいる」と言って紹介してくれたのが長島さんだった。その付き合いから山中敬三さんとも知り合うことになるのだが、みな他界されてしまった。
瀬川さんが「エレキとメカに強い奴」と言わず「……の雑学に」と言ったのは当を得ていて、結局、魚群探知機でも長島さんから具体的な知識は得られなかったが、やたら何でも知っているおもしろい人だと感心した。
     *
ほんとうにそのとおりであって、柳沢氏はさらに
「何事にも旺盛な興味を示す人」
「長島さんの豊富で貴重な雑学が、試聴方法や測定方法に斬新なアイデアを生み、本誌のアイデンティティの確立をバックアップした」
「長島さんの貴重な雑学が、急成長期の日本のオーディオにさまざまな形で貢献してきた」
とも書かれている。

長島先生と付き合いのあった方ならば、誰しも頷かれることである。

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