Date: 12月 6th, 2012
Cate: 手がかり
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手がかり(その1)

オーディオでは、出てきた音をどう判断するかもひじょうに重要である。

そこで思い出すのが、黒田先生が「ないものねだり」(聴こえるものの彼方へ・所収)で書かれていたことだ。
     *
 思いだしたのは、こういうことだ。あるバイロイト録音のワーグナーのレコードをきいた後で、その男は、こういった、さすが最新録音だけあってバイロイトサウンドがうまくとられていますね。そういわれて、はたと困ってしまった。ミュンヘンやウィーンのオペラハウスの音なら知らぬわけではないが、残念ながら(そして恥しいことに)、バイロイトには行ったことがない。だから相槌をうつことができなかった。いかに話のなりゆきとはいえ、うそをつくことはできない。やむなく、相手の期待を裏切る申しわけなさを感じながら、いや、ぼくはバイロイトに行ったことがないんですよ、と思いきっていった。その話題をきっかけにして、自分の知らないバイロイトサウンドなるものについて、その男にはなしてもらおうと思ったからだった。さすが云々というからには、当然その男にバイロイトサウンドに対しての充分な説明が可能と思った。しかし、おどろくべきことに、その男は、あっけらかんとした表情で、いや、ぼくもバイロイトは知らないんですが、といった。思いだしたはなしというのは、ただそれだけのことなのだけれど。
     *
黒田先生がこの文章を書かれたのは1974年、私はまだそのころはステレオサウンドも知らなかった。
オーディオという趣味があることも知らなかったし、黒田先生の存在も知らなかった。
この文章を読んだのは、ステレオサウンドから「聴こえるものの彼方へ」が出てからだから、
もうすこし先、1978年のことであり、ステレオサウンドを読みはじめていたし、
自分のステレオを持つことも出来ていた。

読んで、まず、どきっ、とした。
1978年ではまだ15歳、そうそう好きなレコード、聴きたいレコードを自由に買うことなんてできなかった。
オペラのレコードはまだ何も持っていなかった。
ワーグナーのレコードを買いたい、聴きたい、という欲求はもっていても、
まだ手が出せなかった。

クナッパーツブッシュの「パルジファル」が特に聴きたかったワーグナーの楽劇だった。
もっともそのころ聴いたとしても、退屈だったろう、と思うのだが。

クナッパーツブッシュの「パルジファル」のLPを買うことができたのは、
ステレオサウンドで働くようになってからだから、「ないものねだり」を読んでから、さらに数年が経っていた。

「パルジファル」が私にとって、
バイロイト祝祭劇場でステレオ録音されたいくつものレコードで初めて聴いたものだった。

フルトヴェングラーのベートーヴェンの「第九」は聴いていたけれど、
これはモノーラル録音で決して状態もいいとはいえない。

結果として「パルジファル」を黒田先生の文章を読んだ後に聴いて、よかった、と思っている。

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