Date: 11月 12th, 2012
Cate: 複雑な幼稚性
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「複雑な幼稚性」(その14)

アメリカでは、JBLやタンノイのスピーカーはほとんど売れていない、
JBLやタンノイが売れているのは日本ぐらいなものであり、だから日本のオーディオは……、
こんなことは私がステレオサウンドにいた1980年代からいわれている。

いまも、そういうことをいう人はいる。
インターネットという匿名で好き勝手なことを発言できる場が形成されてきたためか、
そういうことをいう人の数は増えてきているようにも感じる。

ほんとうのところ増えていくのかどうかははっきりとしない。
同じ人が、何度も同じことを発言していることだって考えられるから。

でも、実際にJBLやタンノイが日本だけでしか売れていないのかというと、
そんなことはない。

アメリカは日本よりもずっと広い。
国土が広いだけではなく、いくつかの意味で広い。

たしかにアメリカにはアブソリュートサウンドというオーディオ雑誌が以前からあり、
その流れとしてハイエンドオーディオと称されるものがあり、
それがアメリカで高い支持を得ているのは事実であろう。
日本でも、アブソリュートサウンド的ハイエンド志向の人はいる。

だからといって、日本もアメリカも、そういうアブソリュートサウンド的ハイエンドの人たちばかりではない。

日本のオーディオマニアもたったひとつでなく、
人によってオーディオの取組み方は違う。

スピーカーの選択ひとつとっても、その人の考えによってさまざまなスピーカーがそこでは選ばれている。
ウェスターン・エレクトリック時代のスピーカーを探しだしてきて使う人もいる、
JBL、アルテックのホーン型スピーカーによるウェストコーストサウンド、
ボザーク、マッキントッシュ、ハートレーのように
ダイレクトラジェーターを並列使用するイーストコーストサウンド、
1970年代に登場したインフィニティ、マグネパンなどの流れを汲むスピーカー、
などなどアメリカのオーディオマニアのあいだでも日本のオーディオマニアのあいだでも、
じつにさまざまなスピーカーが鳴らされている。

人間だから、新しいスピーカーが登場し、その音が自分にとって好ましいものであれば、
そのスピーカーに惹かれがちになるものだ。
惹かれるのは悪いことではない。

でも、だからといって、それまであったものが色褪せてしまい古くなってしまうわけではない。
新しいスピーカーに魅かれてしまった人には、そうなってしまうこともあるだろうが、
それはあくまでも、その人に限ってことであって、
自分以外の人たちが使っている・鳴らしているスピーカーが色褪せたり古くなるわけでは、絶対にない。

なぜ、この大事なことを混同してしまうのだろうか。
その混同が、その人の中にとどまっていればなんの問題もないことなのだが、
不思議とそういう人にかぎって、「JBLやタンノイは……」という……。

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