ショルティの「指環」(続々・スコア・フィデリティ)
ベートーヴェンの第九交響曲は、ベートーヴェンの作曲した交響曲の中でもっとも長いし、
ベートーヴェン以前の作曲家による、いかなる交響曲よりも長い演奏時間を必要とするけれども、
うまいぐあいにLPだと、それぞれの楽章がレコードの片面におさまってくれる。
けれど同じベートーヴェンのフィデリオになると、そううまくいかない。
フィデリオは2幕からなるオペラだが、
第1幕の演奏時間は約70分、第2幕は約60分だから、
LP片面に1幕すべてを刻むことは、
どんなにカッティングレベルを低くしたところで無理なことであって、
幕の途中でレコードをかけかえることが、聴き手に要求される。
とうぜん、きりのよいところでかけかえられるようにはなってはいても、
幕の途中であることにはかわりはない。
どんなにレコードの扱い、レコードプレーヤーの扱いになれている人でも、
カートリッジを盤面からあげてトーンアームをもどし、レコードをとりあげ裏返してターンテーブルにセットする。
それからカートリッジを降ろす。
レコードプレーヤー目の前に置いている人ならば、これだけの時間でまたフィデリオの再生は始まるが、
目の前にオーディオ機器を置くのが嫌なひとは、
レコードプレーヤーのところまでいって椅子に戻るまでの時間も、さらに必要となる。
ベートーヴェンがフィデリオを作曲していたときにはまったく考えていなかった、考える必要もなかった、
こんな時間が、LPのときには生じていた。
交響曲でもマーラーとなると、
たとえば第二交響曲の第五楽章は、通常33分ぐらいから38分ていど演奏時間がかかる。
LP片面の収録時間は約30分。
音を犠牲にすれば、なんとかカッティングできるのだろうが、
マーラーの交響曲で音を犠牲にしてしまっては……、ということにもなる。
SPにくらべればぐんと収録時間は長くなり、かけかえの回数も減ったLPでも、
曲によっては楽章、幕の途中でかけかえることになっていた。
CDでは74分、実際にそれ以上の収録時間になってたため、
フィデリオもマーラーの第二交響曲も幕、楽章の途中でのかけかえはなくなった。
この意味での、スコア・フィデリティは、SPよりもLP、LPよりもCDが高い、ということになる。