日本のオーディオ、日本の音(その6)
グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲は、
旧録音(1955年)と新録音(1981年)は大きく、そして驚くほど異っている。
どちらのゴールドベルグ変奏曲も、グールドでしか成し得ない演奏ではあっても、
約四半世紀のあいだに、コンサート・ドロップアウトを宣言し、
少なからぬ量の録音をコロムビアに残し、またカナダのCBCにはラジオ・ドラマも残している──、
こういったグールドのさまざまな活動が、グールド自身を変貌させたのかどうか、
それは人によって見解のわかれるところだろう。
旧録音と新録音では、まずテンポが大きく異る。
誰の耳にもあきらかなこの違いは、どこからきているのだろうか。
これもさまざまな理由が考えられるだろうが、
私にはピアノがヤマハのCFになったこと、このことがもっとも深く関係しているように考えている。
旧録音は反復指定をすべて省略して、
そのころゴールドベルグ変奏曲のひとつのスタンダードでもあったランドフスカの演奏からすると、
唖然とするほどの早いテンポで、39分で弾き終っている。
新録音は各変奏の反復指定の前半だけはかなり行っていることと、
ぐっと遅めのテンポにより、弾き終えるのに51分をこえている。
1955年のグールドの風貌と、1981年のグールドの風貌は、たしかに変貌している。
人は歳をとる、グールドも歳をとる──、
こんなあたりまえのことを如実に、ゴールドベルグ変奏曲のジャケットはもの語っている。
テンポの大きな変化の理由はけっしてひとつではない、と思っていても、
もしピアノが、それまでグールドが気に入っていたスタインウェイのCD318が無事で、
新たなピアノ探しをする必要もなく、つまりヤマハのCFと出会うこともなく、
ゴールドベルグ変奏曲の再録音を行っていたとしたら、はたしてテンポは、あれほど遅くなっただろうか。
反復指定は旧録音のように省略したかもしれない……、そんなことを考えるし、
そう考えさせるのは、ゴールドベルグ変奏曲で聴くことができるヤマハのCFの音色にある。