Date: 8月 15th, 2012
Cate: 正しいもの
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正しいもの(その7)

同じことを、私はオーディオのスタート点で読んでいた。
何度も何度も書いている「五味オーディオ教室」に、同じことが書かれている。
     *
芦屋の上杉佳郎氏(アンプ製作者)を訪ねて、マーラーの交響曲〝第四番〟(バーンスタイン指揮)を聴いたことがある。マーラーの場合、第二楽章に独奏ヴァイオリンのパートがある。マーラーはこれを「死神の演奏で」と指示している。つまり悪魔が演奏するようにここは響いてくれねばならない。上杉邸のKLHは、どちらかというと、JBL同様、弦がシャリつく感じになる傾向があり、したがって弦よりピアノを聴くに適したスピーカーらしいが、それにしても、この独奏ヴァイオリンはひどいものだった。マーラーは「死の舞踏」をここでは意図している。それがアパッチの踊りでは困るのである。レコード鑑賞する上で、これは一番大事なことだ。
     *
マーラーの、このヴァイオリンが仮に非常に美しい音で鳴り響いたとする。
白痴美ともいえるような音で鳴ったとしたら、それは音として聴けば、魅力的、魅惑的な音である。
けれど、それでは「死の舞踏」にはなりはしない。

天使が弾いているかのようなヴァイオリンの音で鳴ったとしても、
もしほんとうにそういう音で鳴ってくれたら、きっと嬉しくなり狂喜するかもしれないけれど、
やはり、これも「死の舞踏」にはなってくれない。
天国に連れていってくれるという意味でとらえれば、「死の舞踏」といえなくもないだろうが、
あくまでもマーラーの指示は「死神の演奏で」であるから、そういう音で鳴ってくれないと困る。

だが、これはあくまでもレコードにおさめられている演奏が、
それを十全に再生できれば、「死の舞踏」となるという保証は,じつのところどこにもない。

これまで市場に出廻ったマーラーの交響曲第四番のレコードのうち、
ほんとうに十全に再生できたときに「死の舞踏」がスピーカーから聴き手に迫ってくるものがどれだけあるのか。

これは演奏の問題も絡んでくるし、録音の問題も絡む。
さらにアナログディスクであれば、
それがプレスされた国によって大きく音が違ってくるということも関係してくる。

五味先生は、上で引用した文章のつづいて、こう書かれている。
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私は思った。むかし、モノラル時代の英HMV盤で、何人かの独奏者のヴァイオリンを聴き、その音の美しさに陶然としたことがあるが、総じて、管楽器は、ランパルの例を出すまでもなく、フランス人でないとどうしても鳴らせぬ音色がるらしい。同様に、弦はユダヤ人でないと絶対に出せない音があるという。
そういう、技術ではもはやどう仕様もない音色を、英盤は聴かせてくれるのに、アメリカプレスのRCAビクターでは鳴らなかった──そんな記憶を古いレコード愛好家なら持っていると思うが、私たちシロウトでさえわかるこんなことを、アメリカの心ある音楽関係者が痛感していないわけがない。
     *
「技術ではもはやどう仕様もない音色」が、「死の舞踏」へ深く関わってくる──。

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