Date: 5月 5th, 2019
Cate: 世代
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“NO MUSIC, NO LIFE.”に感じていること(その2)

人には人それぞれの優先順位がある。
オーディオマニアを自称している人であっても、優先順位は人それぞれである。

オーディオマニアであっても、オーディオが最優先事項であるわけはないだろう。
これも人それぞれである。
そんなことはわかっているつもりだ。

それでも、音楽に対する姿勢・態度、
オーディオ(音・響き)に対する姿勢・態度を、
世代によって……、と乱暴に語ってしまうことはしたくない──、
そう思いながらも、こんなことを書いている。

レコード(録音物)で音楽を聴く行為を、もっと大切にしてほしい、
そんな趣旨のことを言ったり書いたりする人はいる。

私もその一人だし、他にもいる。
けっこうなことだと、これについても思いながらも、
まったく違和感を覚えない、といえば嘘になる。

音を出しているスピーカーの前に坐っていれば、
傍目には聴いていることになる。
本人もそう思っているはずだ。

けれど、audio wednesdayで音を鳴らすようになって,三年以上が経つと、
「聴いていないだろう」と言葉として発したくなることがある。

みればわかるというか、なんとなく感じられる。
「あぁ、聴いていないなぁ」と。

これは聴き方が未熟とか、そんなことではない。
聴き方の姿勢・態度についてのことである。

これも人それぞれなのだろう。
私がそう感じていたとしても、
聴いている本人が「聴いている」と確信しているのであれば、
とやかくいうことではない。

けれど、私が「聴いていないなぁ」と感じてしまうのは、
そこに貪欲さを感じないからなのだろう。

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