Western Electric 300-B(その17)
伊藤先生は、無線と実験の349Aのプッシュプルアンプの記事に、こう書かれている。
*
他人の作ったものばかり食べている人にはわかりますまいが、本当の食通は他人に嘲笑わても厨房に入りたがるものです。
一番大切なことをいいましょう。「誰がこれを食べるのか」ということなのです。若い人か、年寄りか、肉体労働をしている人か、どんな条件(部屋)の雰囲気で食べるのか、とそれまで考えてやるべきでしょう。アンプにしてみればスピーカーとの組合わせなのです。プリ・アンプもカートリッジももちろん大切には違いありまんが、それにも増してスピーカーとの関係を大切にしなければなりません。
測定ではわからないのです……というと、学識のある方に嘲笑われますが、こればかりは如何にもなりません。
それはスピーカーというものは前述したように府議名もので、アンプに較べて完璧なものが存在しないのです。あるスピーカーを捉えて、こんなアンプならいい音がするだろうなどと極めて無責任な考え方で音を出すのです。私にはそうしか方法がないのです。スピーカーの気嫌を取結ぶためにアンプを組んでいるのです。
そして、スピーカーからきめてかかるのが一番良い音を出す途への近道なのです。
良いスピーカーほど癖のあるもので、どんなアンプでも良く鳴るものにはろくなものはありません。
ここでいう癖は忌(いや)な音というのではありません。誤解しないでください。
*
349Aのアンプを作りたい、ということを伊藤先生に話したことがある。
「349Aはいい球だよ」といってくださった。
そしてアンプを自作するのならば、まず一時間自炊をしなさい、ともいわれた。
この時のことは別項「伊藤喜多男氏の言葉」に書いている。
平成の三十年間は、夕食に関しては、毎日とまではいかないけれど、自炊してきた。
「誰がこれを食べるのか」も、
三十年間ということは20代の私から50代の私まで、となる。
若い私から初老の私ということになる。
贅沢な自炊をしてきたわけではない。
伊藤先生は、こうもいわれた。
「いきなり300Bにいっても、300Bという球のほんとうの良さはわからないよ」
「349Aから始めるのはいいことだよ」
贅沢な自炊をしたくてもできない時期がけっこう続いた。
でも、それでよかったのだろう、たぶん。