「新しいオーディオ評論」(その5)
(その1)を書いたのが、五年半ほど前。
(その4)は三年半ほど前。
思い出して続きを書き始めたのは、菅野先生が亡くなられたからでもある。
facebookにオーディオ関係のグループはいくつもある。
そのなかのいくつかは、おそらく菅野先生が亡くなられたことについて、
書いている人がいると思う(見てないので知らない)。
ブログで書いている人もいるはずだ(こちらも見ていない)。
SNSもブログも、あえて検索しなかった。
しなかったけれど、
「オーディオの一つの時代が終った」的なことを書かれている人がいるとは思っている。
どのくらい、そう思っている人がいるのかも私にはわからない。
でも、ほんとうに「オーディオの一つの時代が終った」のだろうか。
ここでのオーディオは、何を指すのか。
オーディオ評論ということでも、一つの時代が終ったようには感じていない。
1977年に岩崎先生、1980年に五味先生、そして1981年に瀬川先生が亡くなられて、
私は、オーディオ評論の一つの時代が終った、と感じていたからだ。
もうとっくの昔に終りを迎えていた。
一つの時代が終りを迎えたら、新しい時代が始まるのだろうか。
少なくともオーディオ評論の世界では、そういうことは起らなかった。
でも変化は起こるはず、といわれるかもしれない。
けれど、その変化にしても、瀬川先生が亡くなられたことで始まっていた。
それは決していい変化とはいえなかった。
「オーディオの一つの時代が終った」と感じ、
新しいオーディオの時代が始まる──、
そう感じ、そう信じれる人は信じればいい。
私はそうでないだけ、の話だ。