大口径フルレンジユニットの音(その16)
グッドマンの12インチのフルレンジといえば、
五味先生がタンノイの前に鳴らされていたのもそうだった──、
と7月のaudio wednesdayで、AXIOM 402の音を聴いていて思い出していた。
五味先生はグッドマンについて、
《私の場合、最初に愛情をもってそばに置いたのは、グッドマンの12吋だった》
と、「オーディオ人生(4)」(ステレオサウンド 24号)に書かれている。
このころの五味先生は《グッドマンでうまく鳴るような、そういうレコードしか買わなかった》とある。
グッドマンの12吋でうまく鳴り、忘れ難いレコードとして、
《ヘンデルの〝コンチェルト・グロッソ〟第八番(ハ短調)であり、ヴィヴァルディの〝ヴィオラ・ダ・モーレ〟だった。どちらも英デッカ10吋盤で、ヴィヴァルディの方はS氏所蔵のものを借りて聴いた》、
この二枚をまず挙げられている。
そしてモーツァルトのピアノ協奏曲についても触れられている。
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ピアノの音は、人声とともにスピーカー・エンクロージァの性能を知る上では最も直截に答の出るもので、残念ながらグッドマンではピアノの低音が思わしくなかった。でも他にスピーカーが無いのだから鳴り方に不満があるからとピアノ曲を聴かぬわけにはいかない。
K四六六はクララ・ハスキルの演奏で、ハスキルの弾くモーツァルトなら無条件で一度は聴いてみようというのが私の考えで、同じ女流ピアニストでもリリー・クラウスとは大分、違うと思っている。K四六六は、戦前、シュナーベルの弾いたのがあり、ベートーヴェン弾きの彼が、ベートーヴェン自身のこの曲に寄せたカデンツァをなぞっていたかどうか、当時中学生の私にそれの分るわけはなく、兎に角、第一楽章冒頭のあの低弦音による異様に暗い出だしばかりは、一度耳にしたら忘れ難くて、モーツァルトにもこんな暗い音楽があるのかと、当時おもっていた。スタンダールの言う「モーツァルトの音楽の基底にあるものは、”tristesse”(かなしみ)だ」などと知る年頃でもなかったのである。何にせよ、モーツァルトのピアノ協奏曲にK四六六のあることだけは、でも、おぼえていて、S氏宅でハスキルの演奏を聴かされたとき、K四六六は彼女のものを買おうと思ったのを忘れない。
グッドマンの音は、かさねて言うが所詮グランド・ピアノのそれではなく、果して、ハスキルの演奏を再現していてくれたかどうか、今では覚束ない。しかしこの曲が、貧乏つづきで次第に生活の苦しかったモーツァルトの、いわば苦境時代に成ったことを解説で知り、やはりそうかと思った。
モーツァルトはもうぼくらの手の届かぬ大天才と私は思っていたし、事実それに違いはないのだが、幾多の彼の名作をLPのおかげで聴けるようになって、あまりな多作に私は疑問をいだき始めていたのだ。「モーツァルトは天才でいる暇さえなかった、〝天才〟に追いまくられた彼は速記者にすぎない。だからこそ、あれだけの作品をあの年齢で残せたのだ。そうとでも思わねば、大天才がこんな悲痛な奏べをうむわけがない」と。音楽青年めいたドグマにきまっているが、ハスキルの弾く小ロンドふうな第二楽章(ロマンツェ)を聴いていると、そんなモーツァルト像が私の前に浮んで来た。私は天才ではないし、文章の大変遅い、遅筆な小説家だが《早すぎるモーツァルト》のこの tristesse に不思議な勇気を教えられたことを忘れない。
グッドマン時代はつまり、レコードを聴くことがすべて小説家たる私の在り方に関わっていたわけになる。こういう聴き方は、今から想えば他愛のない、むしろ滑稽なものだが、音楽は、メタフィジカルなジャンルに属する芸術——もしくはそのような何かであり、時にそれは倫理学書をひもとくに似た心の粛正と、感銘を与えてくれる、とそのころ私は考えていた。事実そして多くのものを音楽から得た。それだけに、単なる好き心でグレード・アップを企画したことはないし、スピーカーの音色ひとつにも時に歓喜し、時に絶望して今日のオートグラフにたどり着いたのである。怪我の功名だったのか。
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また一度、audio wednesdayで、グッドマンの12インチを鳴らしてみよう。