「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その36)
編集部の新人が最初に担当するページは、巻末にあったBestBetsだった。
いまのステレオサウンドでは、SS Informationがそれにあたる。
イベント、キャンペーンや価格改定などを伝えるページである。
ペーペーの新人が特集に携わることは、すぐにはやってこない。
それでも、意外に早くその機会がやってきた。
63号のベストバイである。
そのころのベストバイは、筆者原稿と編集部原稿とがあった。
筆者原稿は、各機種のコメントの最後に括弧つきで名前がある。
それがないのは編集部原稿である。
ジュニアさんは、スピーカーシステムの編集部原稿を担当されていた。
その中のひとつ、ヴァイタヴォックスのCN191について、
「少年、書いてみな」といって私に振ってくれた。
18で入った私は少年と呼ばれていた。
ジュニアに少年、この編集部は学校か、と笑いながら、
そんな指摘をされたオーディオ評論家の方もいた。
文字数は少ない。
短いから楽なわけではない。
書けた。
原稿をジュニアさんにみてもらう。
ほとんど朱(アカ)は入らなかった。
そのまま載った。
編集部原稿だから、名前が載るわけではない。
特集のベストバイに登場する中のたった一機種。
それでも、ローコストの製品を振られたのではなく、
ヴァイタヴォックスのCN191を私に振ってくれたことが、ほんとうに嬉しかった。
そんなふうにして私の編集者としてのキャリアは始まった。
私は七年間いた。
ジュニアさんはもう少し短かったかもしれない。
けれどジュニアさんは、才能があった。
いまジュニアさんと肩を並べるだけの才能をもつ編集者は、
ステレオサウンドにはいない、と断言できるほどだ。
私だって、この歳になっても、かなわないところがあるな、と思う。