ニュー・アトランティス(その3)
『「もの」に反映するジョンブル精神』から、あと一本書き写しておきたい。
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最初の「拡声器」を作った人は、イギリス人、サミュエル・モーランド卿であると、ヨハン・ベックマンは言う(『西洋事物起源』特許庁内技術史研究会・ダイヤモンド社)。サミュエルは、数年にわたって多くの実験を行なった後、1671年に拡声器に関する本を発行した。この器具は、口が広いトランペットのような形状のもので、彼は最初、これをガラスで作らせ、後に、種々の改良を施して銅で作らせた。彼はこれを用い、王(チャールスII世)や、ルパート(Rupert)皇子らの人びとの隣席の下でさまざまな実験を行ったが、人びとはその効力に驚嘆したのであった。ベーコンの予言、『ニュー・アトランティス』の約半世紀あとのことであった。サミュエル・モーランドと、ほぼ同時代人だったのが、ニュートンである。ニュートンによって象徴されるように、17世紀は、数学や物理や化学の基礎研究が積み重ねられていった時代である。それが18世紀前半から、せきを切ったように、発明ラッシュとなり、やがて産業革命のクひとつの要因となっていく、そういう世紀を準備していた時代でもある。『電気音響学』の名著(1954)で知られるフレデリック・ハントは、その学問の契機となった重要な発見として、1729年のステファン・グレイによる電気の導体と不導体の区別を挙げている。もちろん、グレイもイギリス人である。次の世紀にあらわれたマイケル・ファラデーの名前はあまりにも有名である。かれが発見した電磁誘導の現象を、さらに深く追求したのが、ジェームス・マックスウェルであり、その後継者、ジョン・ウィリアム・ストラット・レーリイは今日もなお復刻されている名著『音の理論』を著わした(1877年)。これだけの種がまかれてきたのだから、20世紀のイギリス人のオーディオでの分野の収穫が、その質において、きわめてたこかいものも充分にうなずけるのである。
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THE BRITISH SOUNDのカラー口絵ということを差し引いても、
底の深さのようなものを感じる。
そしてくり返しになるが、情報革命は劇場から、ということも深く実感する。
THE BRITISH SOUNDには、「英国製品の魅力を語る」というページもある。
井上卓也、上杉佳郎、岡俊雄、菅野沖彦、長島達夫、柳沢功力の五氏によるものだ。
井上先生が、こんなことを書かれている。
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英国のオーディオは、その歴史も古く、趣味性豊かでオリジナリティのある製品を、SP時代の昔から原題にいたるまでつくり続けてきた点で、特異な存在である。
英国のオーディオの独自性を示す一つの例がある。去年の八月末に西独デュッセルドルフで開かれたテレビ・ラジオ・ショー(日本のオーディオフェアに相当する)で、各国のジャーナリストが集まり良いオーディオ製品とは何か、をメインテーマとして話し合いをする催しが開かれた。これに西独のオーディオ誌から四名、英国のフリーランスの評論家二名、それに日本から三名が参加したときのことである。西独側が測定データをチェックし、それに補足的に試聴を加えて、基本的に測定データの優れた製品が良いオーディオ製品である、雑誌にもデータ類を優先し、主にグラフ化して発表するという立場を主張するのに対して、英国側は同様に測定データを優先させながらも、かなり試聴にも重点を置き、良い製品をセレクトし、リポートする立場をとる。このように、文字として記せば大差ないことのように思われがちな主張の差であるが、西独側の発言で、ヨーロッパでは一般にこのような考え方をする……というと、英国側から間髪を入れずに、我々は異なった見解であるという意味の反論が飛び出してきた。穏やかな話し合いの場でさえも、明確に自己の主張を通す態度は、少なくともこの催しの場では英国側の際立った特徴であり、西独側のほうが論理的ではあるが、むしろ、主張の鋭さにいま一歩欠けた点が感じられるようであった。
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イギリスのふたりのフリーの評論家が誰なのかはわからないし、
彼らがフランシス・ベーコンの「ニュー・アトランティス」を読んでいたのか、
サミュエル・モーランド、ステファン・グレイ、
ジョン・ウィリアム・ストラット・レーリイといった人たちのことを、
どれだけ知っていて、彼らを関連付けて捉えているのか、そんなことは一切わからないが、
それでも「イギリスこそが……」という自負のようなものがあるのではないのか。
それはシェークスピアの国だからなのか。