評論家は何も生み出さないのか(その5)
長島先生が、サプリームNo.144(瀬川先生の追悼号)に書かれたこと。
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オーディオ評論という仕事は、彼が始めたといっても過言ではない。彼は、それまでおこなわれていた単なる装置の解説や単なる印象記から離れ、オーディオを、「音楽」を再生する手段として捉え、文化として捉えることによってオーディオ評論を成立させていったのである。
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私もそう思っている。
オーディオ評論は、瀬川冬樹から始まった、といえる。
そして、それはステレオサウンドという場が与えられたからだ、とも思っている。
それ以前の、オーディオに関する文章は解説であったり、
研究発表といえるものがほとんどすべてといえる。
そのなかにあって、藝術新潮での五味先生の文章がひときわかがやいていた。
五味先生の文章があったからこそステレオサウンドが誕生し、
瀬川冬樹によるオーディオ評論が始まった。
オーディオ評論は、50年を超えた──、
と書けるのだろうか。
たしかにステレオサウンドが創刊50年なのだから、そうとはいえる。
けれど1977年に岩崎先生が、1980年に五味先生が、1981年には瀬川先生が亡くなられている。
ここでオーディオ評論は終った──、
そうもいえる。
終ったがいいすぎならば、
オーディオ評論が始まって15年目がピークだった、ともいおう。
そんなことはない、いまもオーディオ評論は……、と思う人は、
もういちど長島先生の文章を読みなおしてほしい。
瀬川先生によって、
《単なる装置の解説や単なる印象記》から離れていんて成立したものが、
《単なる装置の解説や単なる印象記》に戻ってしまっているとしか思えない現状。
ステレオサウンド以前の《単なる装置の解説や単なる印象記》とくらべると、
現在のそれは小手先のテクニックによって、表面的にはマシにみえないこともない。
けれど、そこには感動がまったくない。