Date: 12月 8th, 2016
Cate: 試聴/試聴曲/試聴ディスク
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音の聴き方(松田聖子の声)

Noise Control/Noise Designという手法(audio sharing例会でのこと)」と関係することなのだが、
松田聖子の声が、わずかなことでよく変化する。

聴いていて、どれが松田聖子の声なのだろうか、と思っていた。
いまの松田聖子の声ではなく、以前の松田聖子の声についてである。

松田聖子の熱心な聴き手でない私は、LPもCDも一枚ももっていない。
つまり自分のシステムで松田聖子の歌(声)を聴いたことがない。

最初に聴いた、そして馴染みがあるといえるのは、
実家のテレビから流れてきた松田聖子の声である。
その音で、なんとなく松田聖子の声はこんなものだろう、という、
すこし高を括ったところがなかったわけではない。

audio sharing例会の常連、Kさんは松田聖子のCDを持参されることが多い。
それで聴く機会が増えた。

昨晩のaudio sharing例会でも松田聖子を聴いた。
ノイズコントロールの手法としていくつか試してみると、よく変る。
テレビで聴いてのイメージに近い声もあれば、これも松田聖子の声なのか、と感じる声もあった。

Kさんのなかには、確固たる松田聖子のイメージがあるのだろう。
あの声がいちばんいい、といわれる。
私は、というと、その声よりも、Kさんがあまりよいと感じていない音の方が、
もしかすると松田聖子の声に近いのかもしれない──、
そんなことを考えていた。

Kさんと私の、松田聖子の声(歌)に関する聴き方の違いは、
どちらの耳がいい悪いといったことではなく、
Kさんは松田聖子の歌(声)を好きであって、私にはそういう感情がまったくない、
というところにある、と考えていた。

昨晩鳴った音で、Kさんがいいと感じた音は、いわばKさんにとって「好い音」だったはずだ。
松田聖子に思い入れのない私は「好い音」ではなく、
「良い音」「善い音」「佳い音」のどれかををさがしていたことの違いが、
出てきた音に対しての評価の違いにつながっていた、と私は思っている。

音の聴き方は決してひとつではない。
聴感上のS/N比が……、音場感が……、音の透明度が……などなど、
そういった音の聴き方にとらわれてしまうより、
松田聖子の歌(声)であるならば、
松田聖子の歌(声)に惹かれる、魅了される、
もっといえば恋するといった聴き方をしたほうがしあわせではないだろうか。

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