桜の季節に(坂口安吾と五味康祐)
坂口安吾がいなかったら……、と思ってしまう。
いつのころの週刊文春だったか、1953年の芥川賞で「喪神」が選ばれたのは、
坂口安吾の強い推しがあったからだ、という記事が載っていた。
他の選考委員は「喪神」に否定的だった、ともあった。
坂口安吾が、あの時、芥川賞の選考委員でなかったならば、
「喪神」は芥川賞に選ばれなかっただろうし、五味先生のその後も大きく変っていたことだろう。
仮空の話である。
そんなことはわかりきっている。
その上で書いている。
坂口安吾がいなかったら、ステレオサウンドは創刊されていなかった可能性もある。
五味先生が藝術新潮に連載を持っていなかった可能性があるからだ。
ステレオサウンドが創刊されていたとしても、そこには五味康祐の名前はなかった可能性もある。
五味先生のいないステレオサウンドを想像してみたらいい。
「五味オーディオ教室」も出ていなかっただろう。
もしそうだったら、私はどんなオーディオマニアになっていただろうか。
オーディオマニアになっていただろうか。
なっていたとしても……、と思ってしまう。