総テストという試聴のこと(黒田恭一氏の文章より)
どうもオーディオマニアの中には、
試聴というものを簡単なこと、楽なことと捉えている人がいるように感じることがある。
ステレオサウンド 36号の特集は「スピーカーシステムのすべて」だ。
このころのステレオサウンドには試聴後記があった。
36号にも「スピーカーシステムの試聴を終えて」がある。
井上卓也、上杉佳郎、岡俊雄、黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹の六氏が試聴後記を書かれている。
36号には、この他に黒田先生の「約70──尋常ならざる数のスピーカーをきくということ」がある。
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一週間の間、来る日も来る日も、他の仕事や勉強を全部ストップして、ほぼ70機種のスピーカーを、きいた。正直なところ、つかれた。一日の試聴が終った後は、タクシーにのって、行先をいうのがせいいっぱいだった。家にかえっても、口をきく気力さえないようなありさまだった。
その試聴だけが原因ではないだろうが、最終日の試聴が終った後、ひどい悪寒がして、ついに医者のせわになるはめになり、しばらくねこんでしまった。しかしだからといってむろん、スピーカーの試聴をしたことを後悔しているわけではない。そんなに沢山のスピーカーを、それもさまざまな面で条件のそろった状態できけるチャンスなんて、ぼくにはほとんどないことだから、試聴の間はつかれも忘れて、むきになってきいた。
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36号は1975年のステレオサウンドだから、1938年生れの黒田先生は37歳。
働き盛りの年齢であっても、試聴はそれだけたいへんな作業である。
だから、試聴を安易に考えないでもらいたいし、
いまオーディオ評論家と呼ばれている人たち全員が、こういう聴き方をしているわけではない。