オーディオ評論をどう読むか(その2)
あの人は輝いている、という表現がある。
輝いているわけだから、光をはなっているわけだ。
その光は自らの光なのか、それとも近くに輝いている人がいて、
その輝きを反射させての輝きということだってある。
どちらが上とか下とか、そんなことではなく、
月のように太陽の輝きを反射しての人が、自らを太陽だと勘違いしてしまっては困る。
オーディオ評論家も同じである。
輝いている人(いまどのくらいいるのかは書かない)、そうでない人がいて、
輝いている人は自ら光を放っている人と、誰かの光を反射して、の人とがいる。
私はどちらもいていいと思っている。
けれど月であることを自覚してほしい人がそうでなかったりする。
これは読み手側の問題ともいえるところがある。
読み手側が、書き手側(オーディオ評論家)に勘違いを起こさせてしまっているところがある。
読み手側が、あの人は月であることをわかって読んでいるのと、
月であっても太陽であると思って読んでしまっていては、書き手も勘違いしてしまう。
そしてここでの読み手は、オーディオ雑誌の読者のことだけではない。
読者よりも先にオーディオ評論家の文章を読む編集者も含まれる。
オーディオ雑誌の編集者こそが、はっきりとわかっていれば、勘違いはそうとうに減るはずだ。