音を聴くということ(その2)
オーディオ評論家の誰それは耳が悪い、とか、クソ耳だ、とか、
そんな物言いをする人がいる、残念なことに少なからずいる。
これに関しては年代はあまり関係がないようだ。
まあ確かに、そういわれても仕方ない人が、
いまオーディオ評論家と呼ばれている人たちの中にいることは、私も感じている。
いまだけに限らない、昔だってそういう人たちは確かにいた。
これに関しても年代はあまり関係ない、といえる。
どこのサイトなのかは書かない。リンク先も書かないが、
あるオーディオ雑誌の編集を過去にやっていた人が書いているウェブサイトがある。
そこにあるオーディオ評論家の話が出てくる。
このオーディオ評論家は、いまもオーディオ雑誌に書かれている人だから特定されるようなことは控えたい。
どのようなことを書かれているのかも詳細は、検索にされないように書かない。
私はこの話を、その場にいた人から直接聞いている。
その話が偽りでないことを知っている。
そのオーディオ評論家(誰もが知っている人)は、あるスピーカーシステムの試聴を行っていた。
あとからその場に入った人はすぐに、左右逆に鳴っていることに気づいた。
にも関わらず、そのオーディオ評論家は最後まで左右逆に接続されていることに気づかず、
「いい音だな」という評価を下していた。
初めて聴くディスクでの話ではない。その人の試聴用ディスクとして長年聴いてきているディスクでの話である。
こんな話を書くと、だからオーディオ評論家を含めて他人の耳なんて信じられない、
信じられるのは自分の耳だけ、といいたくなるのはわかる。
けれど、左右逆であることに気づかなかった人もまた同じことを言っているのである。
信じられるのは自分の耳だけだ、と。