五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その9)
オーディオは電気特性だけでは語れない。
井上先生は1980年代なかばごろから、
アンプもCDプレーヤーもメカトロニクスだ、といわれていた。
アンプとしての性能は回路構成だけで決るわけではない、
使用パーツによって決定されるわけではない。
電気的に関すること以外に、機械的要素も音には大きく影響している。
このことについては以前書いているし、
ステレオサウンドに井上先生が何度か書かれていることだから、詳しくはくり返さない。
ただひとつだけ例をあげておきたい。
DATが登場した時に、発売された各メーカーのDATのデッキ八機種を集めた記事が、
83号に載っている。井上先生が記事を担当された。
この試聴ではテープもいくつか用意した。
デッキの試聴が終り、デッキをある機種に固定して(確かにソニーだったはず)に、
テープの比較試聴になった。
このときいくつのテープを聴いたのかは忘れてしまった。
聴き終り、テープの音の印象について雑談していた。
すると井上先生が、「テープを振ってみろ」といわれた。
すぐには、何をいわれているのか理解できなかった。
とにかくテープをひとつずつ手に取って振ってみた。
するとメカニズムに起因するカチャカチャという音がする。
この音に各社ごとに違いがある。
言葉にすれば、どれもカチャカチャというふうになってしまうけれど、
実際に振ってみた時の音は、微妙に違う。
そして井上先生がいわれた。
「振った時の音と実際の音は似ているだろう」と。
たしかにそうだった。
DATはデジタル信号で録音・再生を行う。
そんなことで音が変化することはない──、そう考えがちになるけれど、
実際にはそうでないことは、こうやって試聴してみると、よくわかる。
テープといえども、メカニズムの音が影響してくる。
テープもまたメカトロニクスといえる。
真空管もそうである。
五極管を三極管接続して電気特性だけを三極管的にしてみても、
それはあくまでも電気特性だけである。
内部の機械的構造は五極管は、五極管接続、UL接続、三極管接続、
どれであっても五極管のままである。