簡潔だから完結するのか(その5)
高能率のスピーカー(ラッパ)と直熱三極管のシングルアンプ。
これを「あがり」と若いころから予感しているのであれば、
あれこれ他のことをやらずに、最初からこの「あがり」を目指していけば、
無駄がない、と考える人もいるように思う。
実際、伊藤先生の300Bシングルアンプをつくろうとしたら、
いまよりも30年ほど前のほうが、ずっと容易であった。
出力トランス、電源トランスの調達もそうだし、
真空管の調達に関して、あのころのほうが容易だった。
310A(メッシュ仕様)、300B、274A、
これらの真空管をストック分含めて、いま入手しようとすると、どれだけの金額が必要となるか。
時間もかかる。
トランス、真空管などの主要部品だけでもあのころから計画して集めていれば、
無駄な出費をすることなく、最短で伊藤アンプを模倣することができてよかったのではないか……。
実はそうは思っていない。
ちょうどそのころ伊藤先生からいわれたことがある。
そのころの私はウェスターン・エレクトリックの真空管でも、349Aという、
いわゆるラジオ球でアンプをつくろうとしていた。
伊藤先生は、349Aはいい球だよ、といわれた。
それからいきなり300Bにいくことよりも、始めるべきところを示唆してくださった。
もしあのとき、伊藤先生がいわんとされたことを理解せずに、
300Bシングルアンプに向っていたら、たぶん300Bシングルアンプをつくりあげていただろう。
けれど、いきなり300Bシングルアンプにいってしまった者は、
それをシンプルと捉えることしかできないように思う。
簡潔な300Bシングルアンプを自分のモノとすることはできなかったように思う。