Date: 5月 15th, 2015
Cate: オーディオ評論
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ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その3)

小学校低学年のころ、夢中になってテレビ放送をみていたウルトラマン、仮面ライダー。
そういった空想上のヒーロー、それも超人としてのヒーローではなく、
生身の人間としてのヒーローとして夢中になったのは、ブラック・ジャックだった。

手塚治虫による無免許医ブラック・ジャックには憧れていた。
少年チャンピオンに連載がはじまったブラック・ジャックは初回から読んでいた。
1973年だから10歳だった。

ブラック・ジャックがどういう男なのか、
そのころはまだ表面的には捉えていなかったのかもしれないが、
子供心にブラック・ジャックはかっこいい存在だった。

大人になったら、ブラック・ジャックのように生きたい、と思ってもいた。
医者になりたいと思っていたわけではない。
ただブラック・ジャックという生き方を大人になったらできたらいいなぁ、という憧れからだったのか。

ブラック・ジャック以前にも手塚治虫のマンガはよく読んでいた。
いまも昔ほどではないが、読み返している。

つまり、オーディオに興味を持ちはじめる以前の私にとって、
もっとも強い影響を与えていたのは手塚治虫といえた。

その手塚治虫を、手塚治虫氏と書くわけでもないし、先生と呼ぶわけでもない。
手塚治虫と呼び捨てにしている。なぜだろう、と自分でも不思議に思ったことがある。

先生と呼ぶ人、氏をつける人、呼び捨てにする人、
私の中でどういう基準、理由があって、そうしているのか。
このブログを書くようになって゛そのことを考えていた。

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