Date: 4月 21st, 2015
Cate: 正しいもの
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「正しい音とはなにか?」(その14)

五味先生の「五味オーディオ教室」からも思い出す文章がある。
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 EMTのプレーヤーで再生する音を聴いて、あらためてこのことに私は気づいた。以前にもEMTのカートリッジを、オルトフォンやサテンや、ノイマンのトランスに接続して聴いた。同じカートリッジが、そのたびに異なる音の響かせ方をした。国産品の悪口を言いたくはないが、トランス一つでも国産の“音づくり”は未だしだった。
 ところが、EMTのプレーヤーに内蔵されたイクォライザーによる音を聴いてアッと思ったわけだ。わかりやすく言うなら、昔の蓄音機の音がしたのである。最新のステレオ盤が。
 いわゆるレンジ(周波数特性)ののびている意味では、シュアーV15のニュータイプやエンパイアははるかに秀逸で、EMTの内蔵イクォライザーの場合は、RIAA、NABともフラットだそうだが、その高音域、低音とも周波数特性は劣化したように感じられ、セパレーションもシュアーに及ばない。そのシュアーで、たとえばコーラスのレコードをかけると三十人の合唱が、EMTでは五十人にきこえるのである。
 私の家のスピーカー・エンクロージァやアンプのせいもあろうかとは思うが、とにかく同じアンプ、同じスピーカーで鳴らしても人数は増す。フラットというのは、ディスクの溝に刻まれたどんな音も斉しなみに再生するのを意味するのだろうが、レンジはのびていないのだ。近ごろオーディオ批評家の言う意味ではハイ・ファイ的でないし、ダイナミック・レンジもシュアーのニュータイプに及ばない。したがって最新録音の、オーディオ・マニア向けレコードをかけたおもしろさはシュアーに劣る。
 そのかわり、どんな古い録音のレコードもそこに刻まれた音は、驚嘆すべき誠実さで鳴らす、「音楽として」「美しく」である。あまりそれがあざやかなのでチクオンキ的と私は言ったのだが、つまりは、「音楽として美しく」鳴らすのこそは、オーディオの唯一無二のあり方ではなかったか? そう反省して、あらためてEMTに私は感心した。
 極言すれば、レンジなどくそくらえ!
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ここで書かれているシュアーV15のニュータイプとは、V15 TypeIIのことだろう。
V15 TypeIIの評価は、かなり高かったようだ。
私が聴いているシュアーのV15シリーズはTypeIII以降で、残念ながらV15 TypeIIは聴く機会がなかった。

ステレオサウンド 50号の巻頭座談会でも、V15 TypeIIのことが語られている。
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菅野 シュアーのV15のタイプIIが出はじめたころで、たまたまぼくは少し前に、渡米した父親に買ってきてもらって、すでに使っていたのです。そして、たしかオルトフォンのS15MTと比較して、V15/IIの方が断然優れていると書いたりしていた。そのV15/IIを、瀬川さんが手に入れた日に、たまたまぼくは瀬川さんの家に行ったんですよ。それで、ふたりして、もうMCカートリッジはいらないんじゃあないか、と話したことを覚えている(笑い)。
瀬川 そんなことがありましたか(笑い)。
菅野 あったんですよ。つまりね、ぼくたちはそのとき、カートリッジはこれで到着すべきところまできた、ひとつの完成をみたのであって、もうこれ以上はどうなるものでもないのではないか、ということを話しこんだわけです。たしかにそのときは、そういう実感があったんですね。
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当時におけるシュアーのV15 TypeIIの優秀性が伝わってくる。
五味先生もEMTのTSD15よりも「レンジ(周波数特性)ののびている」意味では優秀と書かれている。
そうだと思う。
おそらくトラッキングアビリティもシュアーの方が良かったであろう。
セパレーションも、EMTはシュアーに及ばない、とある。

ならば、あくまでも、この時点ということに限っては、
EMTのTSD15よりもシュアーのV15 TypeIIが「正しい音」を出している、
より「正しい音」といえるのか。

私はそうは思わない。

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