老いとオーディオ(その3)
こういうタイトルをつけると、
短絡的に老いていくことで高域が聞こえ難くなることだと捉える人がいる。
歳をとれば、個人差は多少あっても高域は聞こえ難くなる。
だが聴覚検査で使われる信号音はあくまでもサイン波であって、
スピーカーからわれわれオーディオマニアがいい音で聴きたいと願っているのは、
音楽であってもサイン波ではない。
おそらくわれわれは一瞬一瞬のパルスを聴いて、音として音楽として判断しているとは思えない。
少なくともある一定の時間というスパン(それがどのくらいの長さなのかは人によっても違ってくるだろう)という、
ある種の複合体としての音を捉えているのだと考えている。
だとすれば、その複合体としての音の波形を、ある瞬間にはひじょうに短いスパンで、
同じ曲であってももう少し長いスパンで捉えたりしているようにも思える。
若い人が、インターネットの匿名の掲示板で、年寄りは高域が聞こえないから……、といったことを書いている。
確かにサイン波は聞こえ難くなる。
だが、そういって彼らもまた歳をとればそうなるのである。
彼らがいうようにサイン波の高音が聞こえ難くなれば、音を聴き分けることもできなくなるのであれば、
音楽家はどうなるのか。
10代の音楽家がいちばん優れているということになる。
20代、30代、40代、さらには70代ともなれば、ひどく劣化することになるわけだが、実際にはそうではない。
だから、ここではそんな老いについて書くつもりはない。
もっと肉体的で、本能的なところでの老い、
そのことがオーディオにどう関係してくるのかについて書いていきたい。