名器、その解釈(中古か中故か)
現行製品、それも最先端の技術を導入しているオーディオ機器を、
それがどんなに優れていようと名器と呼ぶのは、個人的にはためらいもある。
名器と呼ぼうと思えば呼べる。
けれど、これまで名器だといってきたモノと並べて、はっきりと素直に名器と呼べるかとなると、
やはり考え込んでしまう。
つまり私にとって、いまのところすんなり名器と呼べるオーディオ機器はすべて製造中止になっているモノばかりだ。
ようするに、それらを手に入れるには、中古を探してくるしかない。
それにしても中古という言葉と名器という言葉が相容れないところがある。
同じオーディオ機器を名器とも呼び、中古とも呼ぶことになる。
20数年前に、中古車に変る呼び名が募集されていた。
車にも名車と呼ばれるものがあり、それらは製造中止になっていれば中古車でしか手に入れられない。
まったく使われていないモノが倉庫に保管されていて、それらを新古車(新古品)と呼ぶようだが、
新古とは新旧という意味だし、意味を無視したとしても、それほどいい言葉とは思えない。
以前、伊藤先生がウェスターン・エレクトリックのモノについて、中古ではなく中故と書かれていた。
伊藤先生もおそらく中古と書きたくなかったのだろう、と勝手に思っている。
中古ではなく中故とすることで、中古に対するもやもやがすんなりなくなってしまうわけではないが、
伊藤先生のウェスターン・エレクトリックのモノに対する特別なおもいが、
中古ではなく中故とされたところにあらわれている。
私はそう受けとめている。