井上卓也氏のこと(その31)
とにかく井上先生は、音が変化する要素は、基本的にすべて試される。
インシュレーターを追加したり、ケーブルをあれこれ交換して、といったことも、もちろんやられるが、
それ以前に、いまある状況において、何も追加せず、何も交換せずに、
どれだけ音を変化させられるか、ということについて、
井上先生ほど徹底的にやられている方は、おそらくいないのでないか、そう思えてくるほど、すごい。
AC電源の極性はちもろん、どこのコンセントからとるのか、同じコンセントでも、どの口からとるのか、
ケーブルの引回しのちょっとした違い、置き方、置き場所による違い、
いまでも常識的にとらえられている使いこなしの、そういったこまかい要素は、
私がステレオサウンドにいたころ(1980年代)、井上先生の試聴のたびに発見の連続だった。
意外に思われるかもしれないが、井上先生は、アクセサリーの類いを、あれこれそろえておけ、とは言われなかった。
構造の異るケーブル数種類、それからフェルトなど、わりと身近に手に入るものを利用される。
特殊なものを要求されることは、まずなかった。
ただ例外的といえいなくもないのが、ひとつだけあった。
試聴中に、「あれが、あればいいんだけどなぁ」とぼそっとつぶやかれたこと。
「あれ」とはアセテートテープのこと。