素朴な音、素朴な組合せ(その23)
フィリップスのスピーカーの輸入元は、1970年代はオルトフォンの輸入元でもあったオーディオニックスである。
そのオーディオニックスが1971年ごろにオーディオ雑誌に伍していた広告に、
「ヨーロッパ・サウンドの歴史を築きあげてきた」というキャッチコピーとともに、
フィリップスのスピーカーが、イタリアのスカラ座、パリの王室劇場、ニューヨークのアメリカンホール、
日本の日生劇場で使われている、とも書かれていた。
フィリップスの、どのスピーカーシステムが使われていたのか、詳細までは書いてなかった。
広告からは、それぞれのホールでモニター用として使われていたとあるから、
オーディオニックスが当時輸入していたコンシューマー用のシステムではなく、
プロ用のスピーカーシステムが別に存在していたのかもしれない。
何がどう使われていたのかよりも私が興味を惹かれたのは、
「ヨーロッパ・サウンドの歴史を築きあげてきた」というキャッチコピーだった。
オーディオニックスの広告のとおり、
フィリップスのスピーカーが「ヨーロッパ・サウンドを築きあげてきた」のかどうかはなんともいえない。
けれど、素朴の「素」という漢字には、
より糸にする前のもとの繊維、つまり蚕から引き出した絹の原糸、というところからきており、
人の手によって何かを後から加えたり結合させたりする前の素(もと)となるもの、という意味がある。
「ヨーロッパ・サウンドを築きあげてきた」──、
オーディオニックスがこのキャッチコピーとともに紹介していたのは、
フィリップスのフルレンジユニットだけを搭載したシステムだった。
この広告に携わった人が、どこまで深く考えていたのかはわからないし、
広告だから、こんなふうに書いていることもわかっていながらも、
たしかにそうだな、と納得していた。