複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その7)
タンノイ・ウェストミンスターの導入記を、上杉先生がステレオサウンド 65号に寄せられている。
「私のかたわらにウェストミンスターのいる夜」というサブタイトルがつけられているこの記事に対して、
ある読者から「こういう擬人化は気持悪いものを感じる」という意見もあった。
スピーカーを人にたとえることに対してまったく関心のない人、反感を覚える人もまたいる。
スピーカーはあくまでも電気信号を振動板の動きに買えて空気を振動させる変換器であって、
あくまでも変換器としての性能、良し悪しで評価すべきであって……、という意見がある。
スピーカーは変換器である。
けれど忠実な変換器と呼べるだろうか。
そう思いながらも、その不思議な変換器は、時に驚くほど細かな音の差を聴かせてくれる。
スピーカーシステムの物理特性は、昔からすればずいぶんと向上しているものの、
アンプと比較すれば、まだまだである。
歪率、周波数特性といった基本的な物理特性においても、
アンプの物理特性からみれば時代遅れともいえるレベルにも関わらず、
ほとんど物理特性的にはこれ以上大きな改善は望めないと思えるアンプの音の違いをきちんと鳴らし分ける。
それだけでなく使いこなしでの音の変化も鳴らし分けるのだから、
オーディオ界ではよく知られている、ある笑い話があるわけだ。
瀬川先生の著書を読まれた方ならばすぐに、ああ、あのことかと思われるだろう。
*
スピーカーの研究では、かつて世界的に最高権威のひとり、といわれたH・F・オルソン博士(「音響工学」をはじめとして音響学に貢献する著書が多い)が日本を訪れたとき、日本のオーディオ関係者のひとりが、冗談めかしてこうたずねた。
「オルソン先生、ここ数年の間に、レコードやテープの録音・再生やアンプに関しては飛躍的な発展をしているのに、スピーカーぱかりは、数十年来、目立った進歩をしていませんが、何か画期的なアイデアはないもんでしょうか」
するとオルソン博士、澄ましてこう言ったそうだ。
「しかし、あなたの言われる〝たいしたことのない〟スピーカーを使って、アンプやレコードの良し意しが、はっきり聴き分けられるじゃありませんか?」
これには、質問した人も大笑いでカブトを脱いだ、という話。
むろん、この返事はアメリカ人一流のジョークで包まれている。けれど、なるほど、オルソン博士の言うように、私たちは、現在の不完全なスピーカーを使ってさえ、ごく高級な二台のアンプの微妙な音色の差を確実に聴き分けている。スピーカーがどんなに安ものでも、アンプをグレードアップすれば、それだけ良い音質で鳴る。
*
現代の、物理特性が以前よりは向上したスピーカーシステムにおいて、ということでだけでなく、
以前のスピーカーシステムにおいても、
オルソン博士の、この話の時代のスピーカーはずいぶん以前のことであるにも関わらず、
音の聴き分けが可能だったし、音の聴き分けはスピーカーがなければできない、ということである。