audio wednesday (next decade) –第十四夜(FRANCO SERBLIN Ktêma + Meridian ULTRA DAC + MQA-CD)
3月5日のaudio wednesdayは、
ストリーミングではなくCD、それもMQA-CDのみをかけるつもりでいる。
3月5日のaudio wednesdayは、
ストリーミングではなくCD、それもMQA-CDのみをかけるつもりでいる。
ノイマンのDSTを聴いて、そのすごさに打ちのめされた──、
と書くと、なんと大袈裟な、と思われるだろうが、
それまで聴いてきたカートリッジすべての音が、
少なくともわたしの中では一瞬にして色褪せたのだから、
打ちのめされたは、決して大袈裟でもなんでもない。
次元が違うとは、この音のことを言うのだとも思っていた。
だからというか、DSTよりもすごい音というのが想像できなかったし、
ウェストレックスの10AはDSTよりもすごいとしても、
DST以上を求めても……、という気持も芽生えていた。
10AはDSTよりもすごいんだろうけど、
世の中に完動品の10Aがどれだけあるのか。
それよりもDSTをなんとか手に入れることを考えた方がいい──、
そんなことも考えていて、10Aに関しての興味は薄れていっていた。
DSTの音を聴いてから数年、イケダサウンドラボからIkeda 9が登場した。
針先のほぼ真上に発電コイルを配置する構造のカートリッジは、
それまでサテン、ソノボックス、ビクターなどがあった。
ソノボックスは聴いたことはない。
サテンは一度だけ聴いている。
ビクターの一連のカートリッジは、何度も聴いている。
けれど私が強烈なほど惹かれるのはDSTだった。
Ikeda 9は、どうなのか。
期待は大きかった。
ステレオサウンドの試聴室でも何度も聴いたし、
オーディオテクニカのEMT用のヘッドシェルに取り付けて、
自分のシステムでも聴いた。
執念のカートリッジだと思う。DSTを聴いてなければ買っていただろう。
5g超えの針圧のDST、標準的な針圧で使えるIkeda 9。
後者の方が安心して使える。
どちらもいわゆるダイレクトカップリング型と呼ばれる構造なのに、
音は、大きく違う。
Ikeda 9も、ダイレクトカップリング型らしい良さが感じられる。
なのに、この二つのカートリッジの音の違いは、なんなのだろうか。
インターナショナルオーディオショウは、金土日の三日間開催される。
各ブースへの搬入は前日で、セッティングも前日に行われる。
これを1997年から毎年くり返し行っているわけだ。
前日搬入を含めての四日間は短いのか。
私は十分な時間だと思っている。
しかも何人ものスタッフがいて、機材に関してもかなりのモノが用意できている。
ケーブルなどの周辺機器に関しても、そうだ。
それに同じブースで、長年やっている会社もある。
どこにスピーカーを置いたらいいのか、
機材のセッティング全般に関しての積み重ねがあるはず。
なのに、エソテリックやアーク・ジョイアのようなブースがある。
他にもあるわけだが、なぜ? と思う。
別項で、あるオーディオ店でのKtêmaが冴えない音から脱しきれなかったのも、
インターナショナルオーディオショウで冴えない音しか出せないのも、
制約を排除し過ぎているからかもしれない、とすこしばかり思う。
audio wednesdayをやっていると、毎回、オーディオショウは恵まれているし、
楽な面もけっこうあるな、と思う。
四谷三丁目の喫茶茶会記でやっていたときも、
昨年からの狛江に移ってからでも、当日に搬入して、
ソファなども移動して、それからセッティングが始まる。
用意できるオーディオ機器も、オーディオショウやオーディオ店とは違い、
限られた中でなんとかするしかないわけで、
制約は時間的なことを含めて、少ないとは言えない中でやっているから、
身につくこともある。
オーディオショウもオーディオ店も、恵まれているいろんなことに頼りすぎているのではないか。
フランコ・セルブリンのKtêmaは、鳴らすのが難しいスピーカーなのか。
何度も書いているように、インターナショナルオーディオショウでのアーク・ジョイアのブースでは、
一度も感心するような音では鳴っていなかった。
audio wednesdayの常連の方が、
顔馴染の店員がいるオーディオ店で、Ktêmaを聴いたことがある、と話された。
たまたま他の客がいなかったこともあって、じっくり聴くことができたのだが、
鳴ってきた音は、冴えなかったそうだ。
もっといい音で鳴るはず──、と二人でセッティングを変えてみたり、
他にもいろいろ試してみたそうだ。
オーディオ店だから、やろうと思えば、かなりのことができる。
でも、いい音で鳴ることはなかったそうだ。
こういうことがあると、うまく鳴らすのが難しいという評価になっていく。
でも、私はアーク・ジョイアでの音を聴いても、
そうとは思っていなかった。
基本をきちんとおさえていれば、最初からうまいこと鳴ってくれるスピーカーだ、と感じていた。
気難しいスピーカーではないはず、と信じていた。
実際、2月5日のKtêmaは、そうだった。
私がウェストレックスの10Aというカートリッジのことを知ったのは、
ステレオサウンド 46号の「クラフツマンシップの粋」だ。
この頃のステレオサウンドでは、過去の名器を鼎談で取り上げていた。
46号では「フォノカートリッジの名門」で、井上卓也、長島達夫、山中敬三の三氏によって、10Aを含めて、
いくつかのカートリッジ について語られていた。
この記事の最初に登場するのが、ウェストレックスの10Aであり、
こんなカートリッジがあったのか、という驚きが最初にあった。
記事を読めば読むほど、聴いてみたいというおもいは強くなる一方だったけれど、
そんな機会がすぐに訪れることはないだろう、ぐらいのことはわかっていた。
それからしばらくして池田 圭氏の文章にも、10Aのことが登場していた。
そこには、正月だけに聴くカートリッジ、とあった。
そういう存在なのか、と思った。
「フォノカートリッジの名門」には、ノイマンのDSTについても語られている。
アメリカのウェストレックス、ドイツのノイマン。
どちらもカッターヘッドを作っている会社であり、
原盤検聴用としてのカートリッジということは、
モニタースピーカーならぬモニターカートリッジなのか、という受け止め方もしていた。
DSTは幸いなことにハタチごろにステレオサウンドの試聴室でも、
自分のシステムでもじっくり聴く機会があった。
DSTとDST62の比較試聴も、時間をかけて行えた。
この時のDSTの音も、ほんとうにすごかった。
すごい、という言葉が、真っ先に出てくる。
隔絶したすごさの音を聴いてしまうと、すごい、としか言いようがない。
そのDSTよりも10Aはすごい──、
ある人は、そう言っていた。
半年後(8月6日)のaudio wednesdayは、
マンガ家のさそうあきら氏にDJをお願いしている。
さそうあきらさんは、狛江でaudio wednesdayをやるようになってから、
ほぼ毎回来てくださっている。
昨年12月の会の時に、DJをやってほしい、とお願いしていた。
昨晩の会が終ったあと、
こんなイメージでやりたいという企画書のようなものを渡された。
テーマは「クラシック音楽における自然描写」とある。
去年一年やってきて、いろいろやりたいことが広がってきているのを感じている。
さそうあきら氏の作品は、
Kindle Unlimitedでけっこうな数を読むことができる。
音楽関係の作品も読むことができる。
「マエストロ」、「神童」、「ミュジコフィリア」などがある。
「子供の情景」という短編集もある。
「マエストロ」でたくあん漬けを食べる描写がある。
たまたま入った店に掲載誌の漫画アクションが置かれていた。
ちょうど、そのシーンが載っている号だった。
それから、さそうあきら氏の作品を読むようになった。
といっても、すべてを読んでいるわけではない。
今年のaudio wednesdayは、昨年以上に楽しみとなっている。
3月5日のaudio wednesdayは、フランコ・セルブリンのKtêmaを、
メリディアンのULTRA DACを用意して鳴らす。
アンプはアインシュタインのOTLアンプがメインになる予定。
昨晩のaudio wednesdayの後半で鳴らした「幻の名器」とは、
ウェストレックスの10Aである。
2023年夏に、野口晴哉氏のコレクションの中に10Aを見つけた。
まさかあるとは思ってなかったし、10Aは写真と記事でしか知らなかった。
しかも無造作にプレーヤーの周辺にあった。
立派な箱に収められていたわけではなかったから、
余計に驚きは大きかった。
この10Aがきちんと動作するのかどうか、
いきなりトーンアームに装着して鳴らそうとは思わなかった。
まず、信頼できる技術を持っているところでチェックしてもらい、
整備が済んでから、と考え、ある人にお願いして、
ある会社でやってもらっている。
2023年秋には戻ってきていたけれど、鳴らすことはしなかった。
昨晩、初めて鳴らす。初めて10Aの音を聴いた。
昨晩のaudio wednesdayでも、数人の方から、
「エソテリックのブースの音、そうですよね」と声をかけられた。
誰も言わないから、そう感じているのは自分だけかも……、と思われていたのかもしれない。
私がはっきりとエソテリックのブースの音はひどいと書いたから、
やっぱりそうなんだ、と思われたのかもしれない。
今回こそは、じっくり聴こうと思っていても、エソテリックのブースの音は、
長くいられない、とも一人の方は言われた。
今年のインターナショナルオーディオショウでの音が、どうなのか。
エソテリックの関係者がここを読んでいるとは思えないし、
仮に読んでいたとしても、音がわからない奴に何を言われても関係ない──、
そんなふうに受け止めているだけかもしれない。
昨晩のaudio wednesdayで、ようやくフランコ・セルブリンのKtêmaを鳴らせた。
どんな人なのか、全くわからない人が鳴らす音を聴いて、
うん、このスピーカーは……、と断言することは、まず無理だ。
信頼できる人が鳴らした音を聴いての判断、
そして自分の手で鳴らしてみてこそ、そのスピーカーに試されることになる。
試されてこそ、そのスピーカーが自分にとってどういう存在なのかが、
少しずつはっきりしてくるはずだ。
2月と3月、二回鳴らせるわけだから、
今回はアナログディスクで鳴らすことにしたのは、
別項で書いているシルヴィア・シャシュのLPを手に入れたからでもある。
なので一曲目は、シルヴィア・シャシュの「清らかな女神よ」(Casta Diva)をかける。
一曲目はこれになるわけだが、当日は14時半ごろからセッティングにとりかかり、
Ktêmaの開梱、スパイクの取り付け、ベースの上に設置などやっていた。
今回は、ベースにしてもケーブルにしてもどこでも入手できるモノばかり。
高価なモノは、一つも使っていない。
スピーカーケーブルは、オーディオテクニカの平行二芯。1mあたり数百円のモノ。
ベースに設置して結線が終って、まず音出し。
少しでも早く音を聴きたかった(確認したかった)ので、
iPhoneを使って音出し。
しかも細かなスピーカーの位置出しは、まだ。
そんな状態でも、いい感じで、ヘンリック・シェリングのバッハの無伴奏が響いてきた。
2023年夏に、このタイトルで書いている。
それがなんなのかは触れなかった。
今日のaudio wednesdayで、最後の方で鳴らそうと考えている。
きちんとした技術を持つところでメンテナンスされているので、
そこに関しては問題はないのだが、周辺環境を整えることに少しばかり気を使う。
私も、その音は聴いていない。
うまく鳴ってくれた音は、いかばかりだろうか。
2023年4月のMQAの破綻、
2024年4月の、MQAを買収したLenbrookとHDtracksが協同で新たなストリーミングを開始するというニュース。
2024年中ということだったが、何もなかった。
今年5月のミュンヘンでのオーディオショウで、
新しいMQAストリーミングを発表するとのこと。
Lenbrook単独らしい。
日本からアクセスできるのか、どれだけのラインナップなのか、
詳細は全く不明ながらも、ようやく始まる、という期待感は大きい。
明日(2月5日)のaudio wednesdayでは、
フランコ・セルブリンのKtêmaを鳴らす。
3月5日もKtêmaと決まっているので、明日はアナログディスクで、
3月は、メリディアンのULTRA DACを用いて鳴らす。
《スピーカーを選ぶなどとは思い上りでした。良否は別として実はスピーカーの方が選ぶ人を試していたのです。》
伊藤先生のことばだ。
常に試されている。
どんなスピーカーであっても、こちら側が試されている。
同じことばかりが試されているわけではない。
それは鳴らすスピーカーによって同じところもあれば、
そうでないところもある。
Ktêmaを鳴らすことで、私の何が試されるのかは、明日にならないとわからない。
鳴らしたからと言って、すぐにわかることではないかもしれない。
Speaker System: FRANCO SERBLIN Ktêma
Control Amplifier: Marantz Model 7
Power Amplifier: McIntosh MC275, Goldmund Mimesis 9.2
Analogue Disc Player: Wilson Benesch Circle
Phono Cartridge: Decca Mark V
開始時間は19時。終了時間は22時。
開場は18時から。
会場の住所は、東京都狛江市元和泉2-14-3。
最寄り駅は小田急線の狛江駅。
参加費として2,500円いただく。ワンドリンク付き。
大学生以下は無料。
十数年前のことになる。
オーディオ仲間三人で話していた。
インターナショナルオーディオショウが話題になって、
私が「エソテリックの音は毎年ひどい」と言った。
これに対して、一人が「こいつ何言ってるんだ」みたいな顔をした。
彼は反論しなかったが、その表情は明らかに強い何が込められていた。
その表情から、私だけでなくもう一人も、彼が私の「エソテリックの音は毎年ひどい」に、
承服していないことに気がついて、
「でも◯◯さん、エソテリックの音はひどいし、そう思っている人は多い」、
と言った。
それでも彼は不満げだった。
二人からそう言われて、彼からの反論はなかったけれど、
彼はエソテリックのブースの音をいいと思っていることは伝わってきた。
彼からの反論がなかったので、話題は他のことに移っていった。
ここで勘違いしないでほしいのは、
エソテリックの製品、タンノイ、アヴァンギャルドのスピーカーのことを、
あれこれ言いたいわけではなく、
あくまでもインターナショナルオーディオショウでのエソテリックのブースの音について、である。
エソテリックのブースの音を認めている人が、身近にいた──、
そんな驚きも私にはあった。
音の聴き方も判断も、人それぞれだから、
彼のように、好意的に受け止めている人がいてもいいし、
エソテリックのブースの混み具合からすれば、そういう人の方が多いのだろう。
アーク・ジョイアのブースの音は、それぞれのスピーカーが、
そのスピーカーらしく鳴っていないことによる音の悪さで、
エソテリックでのサー・コリン・デイヴィスのベートーヴェン序曲集のように、
音楽的に歪められたひどさではない。
2007年のエソテリックのブースで鳴っていた「コリオラン」については、
別項で書いているし、その時はエソテリックの名は伏せていた。
当時書いたことを、コピーしておく。
*
そのブースに入ったとき、何の曲が鳴っているのか、正直、すぐにはわからなかった。
しばらくして(といっても10秒もたたないうちにだが)、「もしかしてベートーヴェン?」と思った。
そういえばコリオランの序曲である。
またしばらくして「これって、コリン・デイヴィスの演奏?」と思った。
そのくらい違う音楽に聴こえた。
つまり音のバランスがとれているとか崩れているとか、そういった音の良し悪しではまったくなく、
ベートーヴェンの音楽が変質してしまっている。
音楽性が歪められている、といってもいいだろう。
なぜ、こんなふうになってしまうのだろうか……、と逆に関心が湧いてくるほどの、変りようだった。
*
これを読んだオーディオの仲間の何人かからは、
エソテリックでしょ、と言われたので、エソテリックの音がひどいのは、
私だけの独りよがりな印象ではない。
でも、エソテリックのブースの音を、いい音と思っている人もいる。
私の周りにも一人だけいた。