Archive for category LS5/1A

Date: 2月 19th, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その1)

あれこれ妄想しているのは、システム全体の組合せだけではなく、
自作スピーカーに関しても、けっこう、電車の中、とか、映画館での待ち時間、とか、
そういうなんとなく、ぽっかり空いた時間に考えている。

ただ自作スピーカーといっても、私のなかでは、その大半を占めているのは、
BBCモニターのLS5/1を、どうつくるか、だ。

LS5/1は、グッドマンの38cm口径ウーファーと、セレッションのドーム型トゥイーターHF1300を2本、
やや特殊なネットワークで構成したスピーカーシステムで、
あらためていうまでもはなく瀬川先生がもっとも愛されたスピーカーシステムである。

私の、あまりコンディションのいいものではなかったけれど、LS5/1は鳴らしていた時期がある。
それに、ステレオサウンドの試聴室で、瀬川先生の愛器そのものだったKEFのLS5/1Aそのものも聴いている。

このスピーカーシステムの特質については、瀬川先生ほどではないにしても、
ある程度は知っている、と自負している。

だから、いまLS5/1を再現してみたら……、という誘惑が、消え去ることがない。

オリジナル通りのスピーカーユニットは手に入らないし、
もしコンディションのいいものが手に入ったとしても、
それではオリジナルのLS5/1を超えることは、ほぼ不可能といえる。

ならば、同じコンセプトで、他のユニットを使って、独自のLS5/1を作ってみたい、と思い続けている。

LS5/1をつくるうえで、まずぶつかるのがトゥイーターの選定の難しさである。

Date: 6月 16th, 2009
Cate: KEF, LS5/1A, 瀬川冬樹
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LS5/1Aにつながれていたのは(補足)

誰からか聞いたのか、それともなにかで読んだのかもさだかではないが、
瀬川先生はKEFのLS5/1Aを2組(つまり4台)所有されていたことを、ずいぶん前に知っていた。

ただ、瀬川先生が亡くなられたあと、ステレオサウンドで一時的に保管されていたLS5/1Aは1組だった。
そのとき、「あれっ?」と思っていたが、もう1組のことを誰かにきくこともしなかった。

このLS5/1Aがその後、どうなったのかはわかっている。
もう1組はどうなっているのか、そもそもほんとうに2組所有されていたのかも、
はっきりと確認しようもないと思っていた。

ステレオサウンド 38号の、瀬川先生のリスニングルームの写真にも、
写っているのはJBLの4341とLS5/1Aが、1組ずつだ。

けれども世田谷・砧に建てられたリスニングルームの写真を見ると、やはりLS5/1Aは2組写っている。
同じカットでないだけにすこしわかりにくいが、傅さんが1979年にFM fanの企画で、
瀬川先生のリスニングルームを訪ねられたときの記事に、リスニングルームのイラストが載っている。
これと、1979年秋にステレオサウンドから出た「続コンポーネントステレオのすすめ」に掲載されている
瀬川先生のリスニングルームの写真を照らし合わせると、たしかにあることがわかる。

部屋の長辺側に、4343WXが置かれ、その内側にセレッションのDitton66がある。
リスニングポイントの左側の壁に、外側からLS5/1A、もう一台LS5/1A、内側にスペンドールのBCII、
そのうえにLS3/5Aが置かれていてる。
外側のLS5/1Aの上には、パイオニアのリボントゥイーター、PT-R7がある。

この写真だけだと1組のLS5/1Aをまとめて置かれているようにとれるが、
別カットの写真、4343の対面、つまりリスニングポイントの後ろ側の壁の写真、ここにもLS5/1Aが2台あり、
そのすぐそばにマークレビンソンのML2L、その前にSAEのMark 2500、
ML2Lの隣に、アキュフェーズC240、その上にLNP2L、
その横にアキュフェーズのFMチューナーやヤマハのカセットデッキがあり、
EMTの927Dstが、ほぼリスニングポイントの後ろに存在感たっぷりにいる。

スチューダーのA68、EMTの930stは、BCIIの間に置いてある。

ちなみに930stの専用インシュレーター930-900の上にガラス板を2枚置いたものが、
部屋の中央に、テーブルとして使われている。
見ようによっては、なかなかモダーンなテーブルである。

LS5/1Aが2組あったことは、やはり事実だった。
となると、もう1組は、目黒のマンションへの引越し時に、どなたかに譲られたのか、手放されたのか。

Date: 9月 17th, 2008
Cate: KEF, LNP2, LS5/1A, 瀬川冬樹

LS5/1Aにつながれていたのは(その2)

FMfanの巻頭のカラーページで紹介されていた
瀬川先生の世田谷のリスニングルームの写真に写っていたLS5/1Aの上には、
パイオニアのリボントゥイーターPT-R7が乗っていた。

LS5/1Aの開発時期は1958年。周波数特性は40〜13000Hz ±5dB。
2個搭載されているトゥイーター(セレッションのHF1300)は、位相干渉による音像の肥大を防ぐために、
3kHz以上では、1個のHF1300をロールオフさせている(トゥイーターのカットオフ周波数は1.75kHz)。
そのまま鳴らしたのでは高域のレスポンスがなだらかに低下してゆく。
そのため専用アンプには、高域補正用の回路が搭載されている。
専用アンプは、ラドフォード製のEL34のプッシュプル(LS5/1はリーク製のEL34プッシュプル)だが、
瀬川先生は、トランジスターアンプで鳴らすようになってから、真価を発揮してきた、と書かれている。

いくつかのアンプを試されたであろう。JBLのSE400Sも試されたであろう。
その結果、スチューダーのA68を最終的に選択されたと想像する。

もちろんA68には高域補整回路は搭載されていない。
おそらくLNP2Lのトーンコントロールで補正されていたのだろう。
さらにPT-R7を追加してワイドレンジ化を試されたのだろう。

これらがうまくいったのかどうかはわからない。

瀬川先生の世田谷のリスニングルームにいかれた方何人かに、
このことを訊ねても、PT-R7の存在に気づかれた人がいない。
だから、つねにLS5/1Aの上にPT-R7が乗っていたわけではなかったのかもしれない。

LNP2とA68のペアで鳴らされていたであろうLS5/1Aの音は、想像するしかない。

Date: 9月 17th, 2008
Cate: LNP2, LS5/1A, 瀬川冬樹

LS5/1Aにつながれていたのは(その1)

「なぜ、これだけなの?」と思ったのも、ほんとうのところである。 
1982年1月、ステレオサウンド試聴室隣の倉庫で、
瀬川先生の愛機のLS5/1A、LNP2L、A68を見た時に、
そう思い、なんともさびしい想いにとらわれた。 

それからしばらくして、4345がどこに行ったのかをきいた。
それでも、なぜ、これだけなのか、と当時はずっと思っていた。 

けれど、いま思うのは、この3機種こそ、
瀬川先生にとっての愛機だったのだということである。

Date: 9月 15th, 2008
Cate: KEF, LS5/1A, 現代スピーカー

現代スピーカー考(その5)

LS5/1Aは、スタンダードサンプルに対して規定の範囲内に特性がおさまるように、
1本ずつ測定・キャリブレートが要求される。 
クックにとって、均質の工業製品をつくる上で、このことは当り前のこととして受けとめていただろう。 

1961年、KEFはプラスチックフィルム、メリネックスを振動板に採用したドーム型トゥイーターT15を、
1962年にはウーファーのB139を発表している。
ワーフェデール時代にやれなかった、
理論に裏打ちされた新しい技術を積極的に採りいれたスピーカーの開発を特色として打ち出している。 

1968年、KEFにローリー・フィンチャムが技術スタッフとして加わる。
彼を中心としたチームは、ブラッドフォード大学と協力して、
スピーカーの新しい測定方法を開発し、1973年のAESで発表している。
インパルスレスポンスの解析法である。 

この測定方法の元になったのは、
D.E.L.ショーターが1946年にBBCが発行しているクオータリーに発表した
「スピーカーの過渡特性の測定とその視覚的提示方法」という論文である。
第二次世界大戦の終わった翌年の1月のことである。驚いてしまう。 
この論文が実用化されるにはコンピューターの進化・普及が必須で、27年かかっている。

Date: 9月 15th, 2008
Cate: KEF, LS5/1A, 現代スピーカー

現代スピーカー考(その4)

レイモンド・E・クックは、ワーフェデールに在籍していた1950年代、
外部スタッフとしてBBCモニターの開発に協力している。
当時のBBC技術研究所の主任研究員D・E・L・ショーターを中心としたチームで、
ショーターのキャリアは不明だが、イギリスにおいてスピーカー研究の第一人者であったことは事実で、
ワーフェデールのブリッグスも,自著「Loudspeakers」に、
ショーターをしばしば訪ねて、指導を仰いだことがある、と記している。 

ショーターの元での、スピーカーの基本性能を解析、理論的に設計していく開発スタイルと、
当時のスピーカーメーカーの多くが勘と経験に頼った、いわゆる職人的な設計・開発スタイルを、
同時期に経験しているクック。 

クックの写真を見ると、学者肌の人のように思う。
彼の気質(といっても写真からの勝手な推測だが)からいっても、
後者のスタイルはがまんならなかっただろうし、職人的開発スタイルのため、
新しい理論(アコースティックサスペンション方式)による小型スピーカーに公開試聴で負けたことは、
その場にいたかどうかは不明だが、ブリッグス以上に屈辱的だったに違いないと思っている。 

ショーターやクックのチームが開発したスピーカーは、LS5/1であり、
改良モデルのLS5/1Aの製造権を手に入れたのは、クックが創立したKEFであり、BBCへの納入も独占している。

Date: 9月 8th, 2008
Cate: LS5/1A, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その7)

アルテックの604シリーズは、38cmコーン型ウーファーとホーン型トゥイーターの同軸型で、
クロスオーバー周波数は、モデルによって多少異るが1.5kHz前後。 
中高域はマルチセルラホーン採用なので、水平方向の指向性は十分だろう。 
問題はクロスオーバー周波数から1オクターブ半ぐらい下までの帯域の指向性だろう。 
実測データを見たことがないのではっきりしたことは言えないが、
604の、このへんの帯域の指向性はあまり芳しくないはず。 

BBCモニターのLS5/1Aは、
38cmウーファーとソフトドームのトゥイーター(2個使用)の2ウェイ構成で、クロスオーバーは1.75kHz。
当時すでにBBCの研究所では指向性の問題に気がついており、
ウーファーをバッフルの裏から固定し、バッフルの開口部は円にはせずに、
横幅18cm、縦30cmくらいの長方形とすることで、水平方向の指向性を改善している。 
ユニークなのは、30cm口径よりも38cm口径のほうが、高域特性に優れている理由で採用されていること。 

1980年ごろ登場したチャートウェルのPM450E(LS5/8)は30cm口径ウーファーだが、
バッフルの裏から固定、開口部はやはり長方形となっている。 
LS5/8のネットワーク版のロジャースPM510も、初期のモデルでは開口部は長方形だ。

アルテックがスタジオモニターとして役割を終えた理由として、いくつか言われているが、
指向性の問題もあったのではないかと思う。 
同じことはタンノイの同軸型ユニットについても言える。

Date: 9月 4th, 2008
Cate: LNP2, LS5/1A, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その3)

瀬川先生の追悼記事がステレオサウンドに載ったのは、61号。 
62号と63号の二号にわたって、第二特集として、 瀬川先生の記事が掲載されている。

私がステレオサウンド編集部にバイトで入ったのが、 1982年1月下旬。
19歳の誕生日の約1週間前のこと(ぎりぎり18歳だったので、ずっと「少年」と呼ばれていました)。 

初めて試聴室に入ったときに、ハッとして、目が奪われたが、試聴室隣にある器材倉庫の一角。
そこにはKEFのLS5/1Aとマーク・レビンソンのLNP2L、 スチューダーのA68が、
なんとも表現しがたい雰囲気をただよわせて置かれていた。

編集部の方に訊ねるまでもなく、瀬川先生の遺品であることは、すぐにわかった。
まったく予想していなかったこと、だからうれしくもあり、かなしくもあり、綯交ぜの気持ちにとまどう。

だから「瀬川先生のモノですよね……」という言葉しか言えなかった。

数ヶ月間、LS5/1AもLNP2LもA68も、そこに置かれていた。
「お金があれば……」と思った。すべてを自分のモノにしたかった。
どれかひとつだけ、と思っていても、学生バイトにそんなお金はなく、
「欲しい」と言葉にすることすら憚られた。