Archive for category background…

Date: 1月 11th, 2014
Cate: background...

background…(その3)

ポール・モーリアの「恋はみず色」を初めて聴いているのだとしたら、
聴いている途中で電話がかかってきたり、宅急便が届いたりすることは、いわば邪魔といえる。

「恋はみず色」を、その時初めて聴いている聴き手は、
邪魔がはいればそこで、いま鳴っている「恋はみず色」を止め、用事をすませた後で、
スピーカーの前に座り直して、聴きつづけることだろう。

その際に、中断したところから聴きはじめるのか、それとも頭から聴き直すのか。

ポール・モーリアの「恋はみず色」を家庭で聴くときは、
レコードに頼るかラジオから流れてくるのかのどちらかである。

ラジオの場合、自分の好きな時に聴けるわけではないし、
次にいつ放送されるのかもわからないから、
「恋はみず色」をすでに聴いたことのある聴き手であっても、
ラジオからの「恋はみず色」に、いいメロディだな、と思っていた時に、
電話、宅急便がそこに割りこんできたら、邪魔だと感じるのか。

レコード(アナログディスク、CD、カセットテープなど)で聴いていれば、
電話、宅急便が割りこんできても、もう一度、というより何度でも、
「恋はみず色」のレコードを手放さないかぎり、いつでも聴くことができるわけで、
だからこそ、電話、宅急便などの割り込みがあったとしても、
その間、「恋はみず色」を流しぱなしにするとはいえないだろうか。

レコードで「恋はみず色」を聴く場合でも、
初めて聴くときと、二度目以降に聴くときとでは、
電話、宅急便などの割り込みに対する感情も変っていくのだろうか。

Date: 10月 24th, 2012
Cate: background...

background…(その2)

ポール・モーリアのレコードをかけていたとしよう。
ポール・モーリアの音楽の聴き手は、
左右ふたつのスピーカーと聴き手との3点によってつくり出される三角形の頂点において、
微動だにせず、そこで鳴っているポール・モーリアの音楽に向い合うのだろうか。

そういうポール・モーリアの聴き方もあるけれど、
ポール・モーリアの音楽はそうした聴き方を前提としているのか、
そういう聴き方を、そこで鳴っている音楽は聴き手に求めているのだろうか。

もっと気楽に聴くことを望んでいる音楽ではないのだろうか。

ポール・モーリアの音楽をかけている(聴いている)途中で、
誰かからの電話がかかってきた、もしくは宅急便で荷物が届いたら、
電話の場合には会話の邪魔にならないようにアンプのボリュウムに手を伸ばし音量を下げるだろうし、
荷物を受けとるのであれば、そのまま椅子から立ち上り受け取ってくるだろう。

電話も大した用件でなければそれほど時間はかからない。
荷物を受けとるのは、もっと短い時間だ。

電話を切ったり、荷物を受けとったあとに、またポール・モーリアの音楽を聴くわけだが、
このとき音楽がかかってきたとき、荷物が届いたこと知らせる玄関のチャイムが鳴ったとき、
そのときまで再生した曲の途中までもどって聴き直すだろうか。

流しぱなしにしていて、
電話で話していたり荷物を受け取ってしまうのに必要な時間の分だけポール・モーリアの音楽は先に進んでいても、
その先に進んだところからまた聴く人の方が多いように思う。

私なら、たぶんそうするだろう。

カルロス・クライバーのトリスタンとイゾルデのCDが発売になったころだから、もう20年以上もことだが、
不思議なことにこのディスクを聴いていると、必ず同じ人から電話がかかってくる。

まさか、今日はかけてこないだろうな、と思って、クライバーのトリスタンとイゾルデを、
今日こそは最後まで聴き通そうとしよとうしても、やはり電話がかかってくる。

そういうとき、電話に邪魔される、という感じるわけだが、
これがクライバーのトリスタンとイゾルデではなく、ポール・モーリアの「恋はみず色」だとしたら、
邪魔された、とは感じないのではなかろうか。

Date: 3月 1st, 2012
Cate: background...

background…(その1)

BGMがある。
あらためていうまでもなくBGMは、バックグラウンドミュージック(Background Music)の略であり、
バックグラウンドミュージックは直訳すれば、環境音楽、背景音楽ということになっている。

これからさき、ぽつぽつとBGMについて書いていこうと思っている。
オーディオとBGMは、──なんといったらいいだろうか、
真剣にオーディオに取り組んでいる人からは、
「BGMのためにオーディオをやっているわけではない」といわれるそうだ。

BGMという言葉には、音楽を軽く扱ってしまっている、そんな印象があるためなのだろうが、
BGMと似た印象を持っている言葉としてイージーリスニング(easy listening)がある。
イージーリスニングは、日本では、軽音楽を指している。

軽音楽という言葉自体、いまではあまりお目にかからなくなってしまったが、
1970年代にはポール・モーリアが流行っていた。
軽音楽といえば、私にとってはポール・モーリアが、まず頭に浮ぶ。

日本フォノグラムが、ポール・モーリアのレコードを出していた。
数年前、友人を通じて届いたレコードの中に、ポール・モーリアのLPが数枚含まれていて、
日本盤ではあるものの、中のディスクはフランスからの直輸入盤だった。

このポール・モーリアの音楽は、BGMとなり得るのだろうか……、という疑問がわいてくる。