アストル・ピアソラ 闘うタンゴ 完全版
斎藤充正氏の「アストル・ピアソラ 闘うタンゴ 完全版」が、
青土社から、ようやく出版される。
改訂版ではなく、完全版。待ちに待った一冊。
斎藤充正氏の「アストル・ピアソラ 闘うタンゴ 完全版」が、
青土社から、ようやく出版される。
改訂版ではなく、完全版。待ちに待った一冊。
「清らかな女神よ」(Casta Diva, カスタ・ディーヴァ)を、
最初に聴いたのはマリア・カラスではなく、シルヴィア・シャシュだった。
あのころ、シルヴィア・シャシュは「マリア・カラスの再来」と言われていた。
デッカから二枚、アルバムが出ていた。
バックが青のアルバムと赤のアルバムだったので、
勝手にシャシュの赤盤、青盤と呼んでいた。
青盤のほうは、TIDALやQobuzで聴くことができるのに、
どうしてだか赤盤の方は、どちらにもない。
しかも赤盤の方に、「清らかな女神よ」がおさめられている。
あのころはシルヴィア・シャシュを、マリア・カラスよりもよく聴いていた。
コンサートにも行ったし、そのコンサートがNHK FMで放送されたのを、
ステレオサウンドの試聴室で、
ケンウッドのチューナーとナカミチのカセットデッキでエアチェックもした。
なのにいつしかあまり聴かなくなってしまった。
ここ、二年ほど、TIDALで、いろんな人の「清らかな女神よ」を聴いた。
聴けば聴くほど、マリア・カラスなのか、という想いは強くなくばかり。
そして、シャシュの「清らかな女神よ」を、もう一度聴きたくなった。
CDでは二枚組の廉価盤で出ていたはずだが、買いそびれた──、
というよりも、その頃はシャシュから遠ざかっていた。
聴きたいおもいはつのる一方で、
先程、ヤフオク!で、イギリス盤(もちろんLP)を落札した。
「愛と孤独のフォルクローレ」が、世界思想社から出ているのを、
昨晩知った。
内容説明のところに、こうある。
《個人の物語を愛し、他者の音を聴かず、堂々と嘘を楽しむ…。》
オーディオも、全くそうだと思った。
BOSEの901 Series Vが鳴らす「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」は、
スリリングであっただけでなく、それ以上に美しい。
というよりも美しいからこそ、よりスリリングだったのだろう。
BOSEのスピーカーから、そういう美しい音が鳴るものか──、
そう思っている人が多いと思うが、それも仕方ないこととも思っている。
901シリーズの音を、
きちんと鳴らされている901の音を聴いたことのある人の方が少ないのだから。
現代音楽とは、
作曲家の湯浅譲二氏によると「未聴の音楽」とのこと。
ならば現代音楽を聴くオーディオとは、「未聴の音」ともいえる。
未聴の音で鳴らす(聴く)未聴の音楽。
12月4日の音は、確かにそうだった、と自負している。
12月4日のaudio wednesdayで、選曲者のHさんが最後にかけられて曲が、
青木涼子の「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」。
ちなみに4343を宇都宮から運んできてくれたHさんと、
今回の選曲者のHさんは別人。
二人とも喫茶茶会記からの常連。
「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」を最初に聴いたのは、
2017年1月のaudio wednesdayだった。
1月ということもあって、この時、来てくれたのは東京のHさんだけだった。
私と二人だけだから、「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」の七曲目を何度もかけては、
喫茶茶会記のスピーカーの調整をやっていた。
そして、けっこう詰めていった段階でかけたのが、
エトヴェシュ作曲の「Harakiri」だ。
これは、相当にスリリングだった。
このことがあったから、現代音楽をテーマにするならば、
Hさんに選曲を任せそうと思ったともいえる。
Hさんは、「Harakiri」のコンサートも体験されている。
その上で、「こちらの方(喫茶茶会記での音)が、音がいい」と言われた。
今回のBOSE 901 Series Vでの音は、
私の耳にもHさんの耳にも、さらにいい音であった。
本当に、いい音で鳴った。
青木涼子氏本人に聴いてもらいたい、とも思うほどに鳴っていた。
喫茶茶会記ではCDだった。
今回はTIDALだった。
10月25日に、”The CONCERTGEBOUW Legacy”が発売になった。
いままでの例だと、その日に配信も始まる。
リマスタリングされたアルバムだと、96kHz、24ビットであることが多い。
今回の”The CONCERTGEBOUW Legacy”もそうだと、勝手に思っていた。
10月25日に配信も始まれば、
11月のaudio wednesdayに間に合う、鳴らすことができると期待していた。
いくつのアルバムは配信された。
ストラヴィンスキーは、「火の鳥」だけだった。
「春の祭典」はなぜかなかった。
「火の鳥」も96kHzではなく、44.1kHzだった。それでも音は良くなっている。
「春の祭典」は、いつになるのか待っていたけれど、
私が検索したかぎりでは、しばらくなかった。
先日、思い出してみたら、「春の祭典」もあった。
以前からあるストラヴィンスキーのバレエ音楽三部作をすべてまとめたものではなく、
「春の祭典」と「ペトルーシュカ」とのカップリングの方だ。
これもよく仕上がっている。
11月のaudio wednesdayでは「春の祭典」をかけた。
機会をみて、リマスターの「春の祭典」をかける。
ラドカ・トネフの“FAIRYTALES”。
このアルバムも、QobuzでもMQAで配信されている。
10月に、コリン・デイヴィスとコンセルトヘボウ管弦楽団のCDボックスが発売になる。
十八枚組で、もちろんストラヴィンスキーのバレエ音楽も含まれる。
「春の祭典」、「火の鳥」が新規マスタリングで聴けるようになる。
TIDALでも、新たに配信されるであろう。
11月のaudio wednesdayに間に合うはずだ。
昨晩(9月4日)のaudio wednesdayでかけたディスクで、一番反応があったのが、ミハイル・プレトニョフのシューマンだった。
昨晩は、8月の会に続き、757Aを使ったオーディオ・ティーチインといえる内容で行った。
四谷三丁目の喫茶茶会記で行っていた時は、
オーディオに関心のある方ばかりといえたが、
狛江の整体協会の稽古場でになってからは、必ずしもそうではなく、
オーディオには関心がなかった(ない)けれど、
音楽をいい音で聴きたいという方が半数ぐらいなっている。
これまでは、いい音で音楽を聴いてもらう、
傾向の違うスピーカー(音)で聴いてもらうことをでテーマとしていたため、
いわゆる比較試聴はやってこなかった。
8月と9月は少し趣向を変えて、オーディオ・ティーチインをテーマにしたのは、
熊本にいたころ、瀬川先生が定期的に熊本のオーディオ店に来られて、
オーディオ・ティーチインをやられていたからだ。
757Aレプリカを中心にいろいろとセッティングを変えて、
その音の変化を聴いてもらったあとに、CDとSACDの比較を行った。
プレトニョフのシューマンをかける予定はなかったけど、
CDとSACDのハイブリッド盤ということで、
じゃ、これもかけよう、という軽い気持での選曲だった。
会が終ったあとの雑談で、
「プレトニョフのシューマン、面白かったです。これからプレトニョフを集中して聴いてみます」
と、こちらでの常連のSさんから話しかけられた。
こういうことが、けっこう嬉しかったする。
2017年1月4日に、「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」を聴いている。
この日のaudio wednesdayには、常連のHさん一人だけだった。
「能×現代音楽 Noh×Contemporary Music」は、Hさんが持参されたCDだった。
この時聴いてなければ、おそらくいまも聴く機会はなかっただろう。
TIDALを使うようになってすぐの頃、
このアルバムがあるか検索したが、ヒットしなかった。
昨晩、ふと再び検索してみたら、あった。
他のアルバムもあった。
8月のaudio wednesdayに来られた方たちには話してあるが、
10月のaudio wednesdayのテーマは、現代音楽である。
現代音楽にうとい私は、Hさんに選曲をまかせるつもりでいる。
たぶん、このアルバムも選ばれるはず。
8月のaudio wednesdayでは、バッハの平均律クラヴィーア曲集をかけた。
まずグルダをかけた、
それからグールドをかけた。
そしてリヒテルを。
SACDでの再生だ。
何か意図があっての、この順番ではなかった。
思いついたままの順番だ。
リヒテルの演奏を長くかけた。
リヒテルの平均律クラヴィーア曲集を聴いたのは、
ステレオサウンドの試聴室でだった。
何かの試聴ではなく、サウンドボーイの編集長だったOさんから、
試聴室のレコード棚にあるから、一度聴いてみろ、と言われたからだったことは、(その1)で書いている。
国内盤だった。
まず、その音に戸惑った。
その戸惑いよりも、演奏の素晴らしさに意識は向く。
リヒテルの平均律クラヴィーア曲集については、これ以上は語らない。
関心を持ったら、ぜひ聴いてみるべきだからだ。
それにしても、この音、もう少しどうにかならないものか──、
リヒテルの平均律クラヴィーア曲集に感動した人は、
みなそう思うはずだ。
好きか嫌いでいえば、決して嫌いではないけれど、
それにしても……、とは思う。
2012年にSACDで出ている。
なぜか、その発売に気がつかずに、けっこう経ってから、
ヤフオク!で手に入れたことも書いている。
繰り返して書くのは、やはりリヒテルのSACDが素晴らしいことを、
先日の会でも深く感じたからだ。
ケイト・ブッシュの四枚目のアルバム、
「THE DREAMING」を、7月のaudio wednesdayでかけた。
かけるつもりは、最初はなかった。
それでもメリディアンのDSP3200にエラックのリボン型トゥイーターを足した音は、
「THE DREAMING」をかけることを、私に促した。
聴き終って、
「THE DREAMING」は私の青春の一枚であることを噛み締めていた。
「THE DREAMING」の中からどの曲を選んだのか。
どうして、その曲なのか。
その理由は書かないけれど、やはりこういうふうに鳴ってくれるのか、
その手ごたえが、私にとって最大の収穫だった。
2月に届く予定だった「「“盤鬼”西条卓夫随想録」が、
ようやく届いた。
遅れた、といえばそうなのだが、
隔月刊となったラジオ技術が、
ほとんど不定期刊行になってしまっているのだから、
6月に届いたのだから、
予想よりも早かったぐらいに受け止めている。
「随想録」と「私の終着LP」は、
ラジオ技術掲載時に読んでいる。
それでも、こうやってまとめて、そしてあらためて読めるのは、
やはりありがたいことである。
昨年、休刊になったレコード芸術が、
今年、オンラインで復活する。
時代が違う、
レコード芸術とラジオ技術という掲載誌の性格の違い、そんなことよりも感じるのは、書き手の覚悟の有無である。
十一年ぶりの引越しだった。
一つのところに十年以上住んだのは、
東京で暮らすようになってからでは、ここだけだった。
十一年前の引越しはさほど大変ではなかった。
でも今回は大変だったのは、
少しずつ、いろんなモノがたまって、増えていっていたからなのは、
最初からわかっていたけれど、それでも多かった。
とにかく今日は部屋に収めただけという状況で、
これもiPhoneで書いている。
なので、まだスピーカーから音は鳴っていない。
ラルキブデッリによるブラームスの弦楽六重奏曲が聴けるようになるのは、
もう少し先になる。
今度の月曜日(6月24日)に引っ越す。
新しい部屋で最初に鳴らすのは、
ラルキブデッリによるブラームスの弦楽六重奏曲かな、とおもっている。
それに7月3日のaudio wednesdayでも、かけようとおもっている。