オリジナルとは(続×二十一・チャートウェルのLS3/5A)
瀬川先生がマッキントッシュのC22とMC275のペアをはじめて聴かれたのは、
ステレオサウンド 3号の特集記事でアンプの試聴テストにおいてであり、
このときステレオサウンドはまだ試聴室を持っておらず、
試聴は瀬川先生のリスニングルームで行われている。
だから試聴テストが終ったあと、瀬川先生は自身のリスニングルームで、
アルテックの604Eをおさめた612Aでエリカ・ケートを聴き、
「この一曲のためにこのアンプを欲しい」と思われたわけだ。
ここで見逃してはならないのは、
アルテックの612Aで聴かれて、「滑らかに澄んで、ふっくらとやわらかなあの美しい歌声」が、
瀬川先生の耳の底に焼きついた、ということ。
612Aについては、ステレオサウンド 46号のモニタースピーカーの試聴テストで、こんなことを語られている。
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私は研究のつもりで、アルテックの612Aのオリジナル・エンクロージュアを自宅に買いこんで鳴らしていた。その音は、身銭を切って購入したにもかかわらず好きになれなかった。ただ、録音スタジオでのひとつの標準的なプレイバックスピーカーの音を、参考までに身辺に置いておく必要があるといった、義務感というか意気込みとでもいったかなり不自然な動機にすぎなかった。モニタールームでさえアルテックの中域のおそすしく張り出した音は耳にきつく感じられたが、デッドな八畳和室では、この音は音量を上げると聴くに耐えないほど耳を圧迫した。私の耳が、とくにこの中域の張り出しに弱いせいもあるが、なにしろこの音はたまらなかった。
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瀬川先生にとって、エリカ・ケートの歌曲集がどういう存在であったのかは、次の文章を読んでほしい。
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エリカ・ケートというソプラノを私はとても好きで、中でもキング/セブン・シーズから出て、いまは廃盤になったドイツ・リート集を大切にしている。決してスケールの大きさや身ぶりや容姿の美しさで評判になる人ではなく、しかし近ごろ話題のエリー・アメリンクよりも洗練されている。清潔で、畑中良輔氏の評を借りれば、チラリと見せる色っぽさがなんとも言えない魅惑である。どういうわけかドイツのオイロディスク原盤でもカタログから落ちてしまってこれ一枚しか手もとになく,もうすりきれてジャリジャリして、それでもときおりくりかえして聴く。彼女のレコードは、その後オイロディスク盤で何枚か入手したが、それでもこの一枚が抜群のできだと思う。(人生音盤模様より)
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瀬川先生は、すり減ってしまうのがこわくて、テープにコピーされていたくらいである。
そのエリカ・ケートの歌うモーツァルトの歌曲 Abendempfindung を、
テストの終った初夏のすがすがしいある日の午後に聴かれている。
マッキントッシュのC22、MC275、アルテックの604Eで。