ハイ・フィデリティ再考(余談・原音→げんおん→減音)
シーメンスの直熱三極管Edを使ったアンプを聴いたのは、伊藤先生の仕事場での一度きり。
Edのプッシュプルアンプの音も、ほかの人が作ったアンプのことは聴いたことがない。
自分でEdのアンプを作ったわけでもない。
だから、こういう傾向がEdの音とは、当然いえない。
いくつかの経験があったとしても、出力管だけで真空管アンプの音がすべて決ってしまうわけではないから、
実のところ、Edの音に関して確実なことはいえない。
それでも伊藤先生はEdを使ったアンプを、
サウンドボーイ1983年8月号に発表されたEdのシングルアンプの前に、
自己バイアスと固定バイアス、それぞれのプッシュプルアンプを作られているからこその伊藤先生の、
Edの印象は的確である、と私は信じている。
伊藤先生はEdについて「こんなに美しい球を見たことがない」と表現されている。
そして「ソケットに差し込んで動作させるのが勿体ないくらいの佇まいである」とも。
「音響道中膝栗毛」に、そう書かれている。
伊藤先生も、Edという真空管の美しさに惚れられていることがわかる。
そういう真空管が、シーメンスのEdである。
Edのシングルアンプのあとに300Bシングルアンプを聴いた私の心には、
Edへの失望が生れなかったわけではない。でも、それでもEdは美しい、と思いつづけていた。
それは伊藤先生も同じだったのではないか、と思う。
むしろ実際にEdのアンプを、動作条件をいくつか変えながら作られているのだから、
私なんかよりももっともとEdの美しさに惚れ込まれていたはず。
だから1984年に、無線と実験にプッシュプルアンプを発表されている。
トランス結合ではなく抵抗結合で、シャーシーはシングルアンプ用のものを流用されている。
そのためアンプそのものの佇まいは、いささか損なわれている。
伊藤先生の製作記事には、アンプの音そのものについてはほとんど書かれない。
けれど、このアンプの音については「音響道中膝栗毛」のなかで、こう書かれている。
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この装置は想像以上に美しい音を出す。Edの本当の味が出て、他の球では絶対に味わえぬ繊細な音に加えて相当の迫力も出す。
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このアンプは初段がE82CC、そしてE82CCによるP-K分割、そのあとにE80CCがくる。
無線と実験の記事には「抵抗値を変化させて種々実験した結果はかなり厖大なデータになりました」とある。
それは「Edの音、それを100%味わいたい一心」からなのである。
伊藤先生にして、ようやくEdの美しさそのままの音を出すに到られた、ということだと思う。
この抵抗結合のEdの音を聴いていたら、Edのアンプを作ることになっていたかもしれない。
もしくは、この抵抗結合のEdプッシュプルアンプの電圧増幅段の定数を参考にして
Edシングルアンプを設計したかもしれない。
「音響道中膝栗毛」は1987年に出ている。