スーパーウーファーについて(その19)
JBLの375+537-500とジャーマン・フィジックスのTrobadour80(最初の頃はTrobadour40)、
このふたつは比べれば較べるほど大きく異るスピーカーユニットである。
振動板の形状がまず大きく違う。
そして375は剛性をもたせたものにたいしてTrobadour80は振動板ではなく振動膜であり、
さわればぷにょぷにょした感触だ。
しかも発音原理がまったく違う。
375はピストニックモーションなのにたいしてTrobadour80はベンディングウェーヴである。
それに375にはホーンがつく。
あえて共通しているところをあげればどちらも拡散する方向のユニットであることだが、
その指向性は大きく違うことは、Trobadour80の形状、537-500のホーンの形状を見ればわかる。
なのに菅野先生は、どちらにも同じ低音域を組み合わされている。
このことの凄さは、オーディオ歴が長い人ほど理解される、と思う。
菅野先生がJBLの2205にされたのが正確にいつなのかは知らないが、1980年より少し前のことだろう。
それからずっと同じユニット、同じエンクロージュアを使いつづけて20年以上。
なにを、その間求められてきたのか──、
それは菅野先生のリスニングルームにおいての理想的な低音再生ではないか、と思う。
ヤマハのスーパーウーファーYST-SW1000も導入されている。
こういう目に見える変化もあれば、そうでない変化もある。
そうとうにいろいろなことをやられてこられたのだ、と思う。
そうやって音楽を鳴らすオーディオのための土台・基礎としての理想的な低音域を、
リスニングルーム内にかなりの高いレベルで実現されている。
だからこそ、その上にJBLの375+537-500であろうと、ジャーマン・フィジックスのTrobadour80であろうと、
菅野先生が気に入られたスピーカーユニットであれば、うまくいった、と受けとめるべきではなかろうか。
この項の(その14)に書いたことだが、
コンデンサー型スピーカーやリボン型スピーカーに、コーン型ウーファーを足してもうまくいかない、
そんなふうに広く思われているし、実際に既製品で成功例はない、といえる。
けれど、それはあくまでも上にのる、
つまり、まず中高域ありきで、そこにウーファーを足して低音域を伸ばしていこう、という発想のはず。
結局、この発想ではうまくいきっこない、といいたい。
なんども書いているように低音こそが音楽の土台・基礎である。
ここを完璧とまではいかなくても、高いレベルにもっていくことで、
その上にさらに音を築いていく、という発想であればきっとうまくいくはずである。
それは製品という形ではうまくいかないのかもしれない。
あくまでもそのスピーカーシステムを鳴らす部屋込みでの問題であるから、
どんなに高性能なウーファーを持ってきたとしても、
ただ鳴らしていくだけでは理想的な低音域に近づけることは、ほぼ無理といえよう。