SOUTH PACIFIC(その4)
ステレオサウンド 60号で、菅野先生はアルテックのA4について、こう語られている。
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菅野 まったく、瀬川さんが言われるようにそりゃ本物と近いとか遠いとかいうようなことを、もう考えさせない、もう出てくる音が実に魅力的なんです。
例の〝サウス・パシフィック〟のレコードでびっくりしたのが、あの声。相当音量をあげて映画をほうふつさせようという鳴らしかたをしていたんですが、人間の声としたらああいうものは非常にむずかしいはずです。
オーケストラの音は、何十年かまえにとって、声はもうまったくいまとったというようにフレッシュでみずみずしくて、リアリティがあって、ほんものよりもほんものらしいというやつだ。それがなんともこたえられない魅力でした。こういう声の再生はやっぱりアルテックじゃないと無理なんじゃないでしょうか。
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“SOUTH PACIFIC”のサウンドトラックを、TIDALでMQAで再生して、
最初に鳴ってきた音を聴いて感じたのは、おおむね菅野先生が語られていることと同じだった。
映画は1958年公開なのだから、録音は1957年か1958年。
当然、録音器材は管球式のモノばかりのはずだ。
そのことから、こんな感じの音なのだろう、という予想をしていた。
その予想というのは、同時代のクラシックの録音を聴いての印象をもとにしたものだった。
けれど、鳴ってきた音は、大きく違っていた。
《本物と近いとか遠いとかいうようなことを、もう考えさせない、もう出てくる音が実に魅力的》、
まさにそういう音だった。
色がついているといったらいいのだろうか。
聴いてやっとわかった。
瀬川先生が、60号の特集「サウンド・オブ・アメリカ」に、
この“SOUTH PACIFIC”を持参された理由がわかる。