宿題としての一枚(その8)
これまで書いてきた児玉麻里/ケント・ナガノのベートーヴェンのピアノ協奏曲は、
菅野先生からの宿題としての一枚である。
では瀬川先生からの宿題としての一枚は、なんだろうか。
瀬川先生とは、熊本のオーディオ店でだけの接点しかない。
瀬川先生の音を聴いているわけではない。
その意味では、菅野先生からの宿題と同じ意味では語れないのだけれど、
熊本のオーディオ店で、瀬川先生が鳴らされた一枚ということでは、もちろんある。
菅野先生録音の“THE DIALOGUE”も、そうである。
熊本のオーディオ店で、瀬川先生が鳴らされたのを聴いたのが最初だった。
すごい音だ、と驚いたし、そのころ高校生だったから、
すぐに“THE DIALOGUE”を買えたわけではなかった。
小遣いがたまり、やっと買えた。
けれど瀬川先生が鳴らされたときはJBLの4343だった。
そのころ鳴らしていたのは国産の3ウェイのブックシェルフ型だから、
4343のような音では、まったく鳴ってくれない。
それは鳴らす前からわかっていたことでもあるが、
それでもなんとか、あの時の音を少しでも再現したい、というおもいはつねにあった。
喫茶茶会記でのaudio wednesdayで“THE DIALOGUE”を毎回かけていたのは、
こういうことも関係して、である。
けれど4343と喫茶茶会記のアルテックとでは、低音の鳴り方がかなり違う。
どちらがいい低音かということではなく、
あの時4343で聴いた“THE DIALOGUE”のドラムスの音が、
つねに耳の底で鳴っているのだから、あと少し、あと少し──、というおもいがつねに残っていた。