Date: 4月 28th, 2020
Cate: Glenn Gould, 録音
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録音は未来/recoding = studio product(「コンサートは死んだ」のか・その3)

グレン・グールドが語った「コンサートは死んだ」。
新型コロナ禍のいま改めて「コンサートは死んだ」を考えると、
「コンサート(ホール)は死んだ」なのかもしれない。

グレン・グールドはコンサート・ドロップアウト後も、テレビ用に演奏している。
カメラの向う側、テレビの向う側に聴き手に向けてのコンサートである。

それにゴールドベルグ変奏曲もDVDが出ているくらいだ。
その他にも、グールドの映像は、
ホールでの演奏会を頻繁に行っている演奏家よりも、ずっと多い。

そんなグールドがいうところの「コンサートは死んだ」は、
コンサートホールは死んだ、ということかもしれない。

しかもコンサートホールそのものが消滅するということではなく、
そこに大勢の観客が集まってのライヴ演奏が死んだ、ということなのか。

グールドのいうように「コンサートが死んだ」としても、
コンサートホールは、特にクラシックの録音に関しては、録音の場として残っていくだろう。

だとすれば、ライヴ会場としての「コンサート(ホール)は死んだ」なのか。

グールドは指揮者としての活動も始めていた。
ワーグナーのジークフリート牧歌の録音が残っている。

それにグールドは別の場所にいて、テレビカメラでオーケストラがいる場と中継して、
離れた場所から指揮するという試みも行っている。
いまから40年ほど前のことだ。

コロナ禍により、STAY HOMEである。
クラシックの演奏家に限らず、いろんなジャンルの音楽家(演奏家)が、
自宅からインターネットのストリーミングを里余しての演奏を公開しいてる。

さらには離れた場所にいる数人がインターネットを介して、いっしょに演奏している。

昔、グールドがやっていたこととほぼ同じことをやっている、とも見える。
もしいまグールドが生きていたら、まっさきに演奏を公開していたのではないだろうか。

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