完璧な音(その5)
具体的に考えてみる。
たとえばスタインウェイのピアノによる演奏があった、とする。
その演奏を録音する。
いかなる装置で、いかなる音で聴かれるのかは制作側にはわからない。
それでも、どんな装置、どんな音であっても、
その録音はスタインウェイのピアノだ、ということが聴き手に伝われば、
完璧な音の最低条件は満たされた、といえるのか。
ただし、ここでの完璧な音とは、完璧な録音、ということになる。
完璧な録音というものが、もしあるとすれば、そういうことではないのか。
どんな装置で、どんな音でかけられても、
スタインウェイのピアノが、ヤマハのピアノやベーゼンドルファーのピアノに聴こえたりしたら、
それはどんなにいい音で録音されていたとしても、完璧な音(録音)とはいえない。
ここでもう一つ考えなければならないのは、聴き手のことだ。
世の中にはさまざまな装置、音があるように、
聴き手もまったく同じである。
聴き手が違えば、同じ音を同じ時に聴いても、印象が違うことは誰だって経験していよう。
つまりは、どんな装置、どんな音でかけられても、
さらにどんな聴き手がスピーカーの前にいようと、
その聴き手に、スタインウェイのピアノだ、ということを認識させられる音が、
完璧な音(録音)ということになる。
そんな録音があるのだろうか。
装置によっては、グランドピアノがアップライトピアノに聴こえることだってある。
スタインウェイのピアノが、ヤマハのピアノに聴こえたり、
さらにはメーカー不明のピアノの音に聴こえたりすることだってある。
そういえば、菅野先生はオーディオラボでベーゼンドルファーの録音も残されている。
菅野先生によれば、本来のピアノの音よりも、
大きめの音量で鳴らした時にベーゼンドルファーらしく鳴るようにしている──、
そんな話を聞いたことがある。