ワグナーとオーディオ(ワーグナーと瀬川冬樹)
ワーグナーの音楽と、瀬川先生が好まれて聴かれていた音楽とは、
少々印象が一致しない面があるようにも感じていた。
ワーグナーと瀬川先生ということで、
私が真っ先に思い出すのは、ステレオサウンド 38号の、黒田先生のこの文章だ。
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普段、親しくおつきあいいただいていることに甘えてというべきでしょうか、そのきかせていただいたさわやかな音に満足しながら、もっとワイルドな音楽を求めるお気持はありませんか? などと申しあげてしまいました。そして瀬川さんは、ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」の合唱曲をきかせてくださいましたが、それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない。
たしかに、そういうことは、いえるような気がします。日本でこれほど多くの人にバロック音楽がきかれるようになった要因のひとつに、日本での、決してかんばしいとはいいがたい住宅環境があるというのが、ぼくの持論ですから、おっしゃることは、よくわかります。音に対しての、あるいは音楽に対しての好みは、環境によって左右されるということは、充分にありうることでしょう。ただ、どうなんでしょう。もし瀬川さんが、たとえばワーグナーの音楽の、うねるような響きをどうしてもききたいとお考えになっているとしたら、おすまいを、今のところではなく、すでにもう大音量を自由に出せるところにさだめられていたということはいえないでしょうか。
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ここにワーグナーが出てくる、「さまよえるオランダ人」も出てくる。
そして《それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない》
と瀬川先生がいわれた──、
ここを読んでいたから、ワーグナーの音楽と瀬川先生の好まれる音楽が結びつきにくかった。
ついさっきまでKさんと電話で話していた。
彼によると、瀬川先生はNHK FMで放送されているバイロイトをエアチェックして聴かれていた、とのこと。
当時ラックスのショールームで定期的に行われていたなかでも、
常連の方とワーグナーについて熱心に語られていた、という話も聞いた。
聞いていて、意外だな、というおもいと、やっぱり、というおもいとが交錯していた。
瀬川先生は世田谷に建てられたリスニングルームでは、ワーグナーを聴かれていたのだろうか。