あるスピーカーの述懐(その13)
スピーカーは時として不機嫌になる。
理由はひとつだけでないようだし、はっきりとはわからないことがあるからやっかいだが、
誰といっしょに聴くかによって、スピーカーの鳴り方が多く変ることがある。
気にくわない人といっしょに聴いていると、
スピーカーはかなりの確率で不機嫌になる。
私ひとりが感じていることではなく、
世代に関係なく、かなりの人が、そういっている。
ずいぶん前の話だが、あるオーディオ評論家のお宅に、
ある新聞社の人間が訪ねてきた。
なんの連絡もなしにいきなりの訪問である。
そのころの電話帳には、オーディオ評論家の名前で探せば、
電話番号も住所も、たいていはわかった。
それに新聞社の人間ならば、電話帳に載っていなくとも調べる手段はあろう。
いきなり訪ねてきて、音を聴かせてくれ、というような人を相手に、
上機嫌になれる人なんていないだろう。
そのオーディオ評論家は不機嫌になった。
無下にことわれば、新聞に何を書かれるかわかったものではない。
しぶしぶ承知しても、不機嫌であることは変らない。
音を聴かせると、その男は、片チャンネルのドライバーが鳴っていない、という。
そんなことはない、とオーディオ評論家は答える。
その男が来るまで、きちんと鳴っていたのだから。
不機嫌な上に、そんなことをいわれたものだから、ますますイヤな気分になり、
音を聴くどころではない。
しばらくすると、またその男は、同じことをいう。
片チャンネルのスコーカーが鳴っていない、と。
そんなはずはない、とオーディオ評論家はまた答える。
新聞社の男は、やっと帰った。
やっとひとりになって、音を聴いてみると、
確かに新聞社の男の指摘通りに片チャンネルのスコーカーが鳴っていない。
いきなり訪ねてきた男であっても、悪いことをしたな、と思いつつも、
そのオーディオ評論家は、いっしょに聴く人によって、
スピーカーが不機嫌になる──、
どころか鳴らなくなってしまうということがあることをあらためて実感したそうだ。