日本のオーディオ、これから(NIRO Nakamichiの復活・その5)
井上先生からはNIRO時代の中道仁郎氏についてきいている。
試作品を何度も井上先生は聴かれている。
あることについて指摘すると、翌日には手直ししてくる。
しかも井上先生からの指摘をきちんと理解しての手直しである。
見当違いの手直しではない。
たいしたものだよ、と井上先生は感心されていた。
この話をしてくれたということは、
他のメーカーには中道仁郎氏のような人は、そうそういない、ということでもある。
同じ空間で同じ音を聴いて、オーディオ評論家からの指摘がある。
けれど、その指摘をきちんと理解していないから、
手直しが見当違いであったりする。
結局、きちんと音を聴いていない、としか思えない。
いや、聴いている、という反論があるだろうが、
ならば、なぜ、指摘されたところを手直しできないのか。
NIRO時代、中道仁郎氏はひとりでやられていた、ともきいている。
ひとりなのに、翌日にはきちんと手直しして、次のステップに進む。
一方、他のメーカーはひとりということはまずないだろう。
何人かのスタッフが関っているだろう。
なのに……、といいたくなる違いが生じるのは、
NIROが登場したころだけの話ではなく、それ以前からあったことである。
ということは、いまもある、と見ていいだろう。
とにかく中道仁郎氏が、NIRO Nakamichiを2015年に立ち上げられている。
ナカミチ時代に、スピーカーはなかった。
カセットデッキはあった、コントロールアンプ、パワーアンプ、レシーバーもあった。
けれどスピーカーは、B&Wの輸入元であったぐらいだ。