「オーディスト」という言葉に対して(その12)

ステレオサウンド 197号が書店に並んでいる。
3月に198号、6月に199号が出る。

200号までにあと二冊出る。
どちらかのステレオサウンドに、オーディスト(audist)についてけじめをつけるのか、
それともこのままだんまりを続けるのか。

オーディスト(audist)はステレオサウンド 179号に登場した。
山口孝氏の造語である。

山口孝氏には、そういう意図はなかったのだろうが、
オーディスト(audist)は、聴覚障碍者を差別する人・団体という意味で、アメリカでは使われている言葉である。

おそらく200号には五味先生のことが誌面に登場すると思っている。
五味先生が補聴器を使われていたことは知られている。
そのことについて、何度か書かれている。

つまりは、ステレオサウンドの読者をオーディスト(audist)呼ぶのであれば、
ステレオサウンドは、ステレオサウンドの読者を五味先生を差別する人と呼ぶことになる。

ステレオサウンドにとって五味康祐の存在、
ステレオサウンドの読者にとって五味康祐の存在、
いまのステレオサウンド編集部はどう考えているのだろうか。

200号に五味先生のことがまったく登場しないのであれば、
オーディスト(audist)のことについてもう書くのはやめようと考えている。
そういう編集部なのだから……、と思えるからだ。

けれどオーディスト(audist)についてだんまりを決め込んだまま、
200号に五味先生のことが載るのであれば、ステレオサウンド編集部に対して遠慮することをやめる。

何も編集長が責任をとって辞めるべきとは考えていない。
誌面で、言葉でけじめをつけるべきである、と考えているだけだ。

なぜ、オーディスト(audist)という言葉が載ってしまったのか、
しかも179号だけでなく、姉妹紙のHiViでも使われたし、リンの広告でもう一度ステレオサウンドにあらわれている。
こんなことになったことをどう思っているのか、考えているのか。
きちんと説明をしたうえで、200号を送り出してほしいと思うだけだ。

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