使いこなしのこと(録音の現場でも)
ステレオサウンド 34号に「レコーディングにおける音楽創造を探る」という記事がある。
スイスのレーベル、クラーヴェスの録音エンジニアでありバス歌手でもあるヤーコプ・シュテンプフリと、
ペーター=ルーカス・グラーフへのインタヴューと、
瀬川冬樹、黒田恭一、坂清也の三氏が、
グラーフのリサイタルとクラーヴェスがグラーフの来日公演にあわせて行った国内録音に立ち会い、
クラーヴェスの音づくりについて語っている座談会から成っている。
座談会には、当時日本側の担当者(日本ポリドール)の佐々木節夫氏も参加されている。
佐々木氏の発言が、再生側のオーディオの使いこなしに関してもひじょうに興味深い。
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こんな話があるんです。じつはシュテンプフリに、〈ステレオサウンド〉という雑誌が取材してくださるんだけど、オーディオ・ファンが愛読しているからひょっとすると貴方のマイク・アレンジなんかを図にしてのせるかもしれないが、かまわないかと聞いてみたのです。そうしたら、それは一向にかまわないけれど、なんの意味もないんじゃないか。同じマイク・セッティングをしたって俺の音と同じ音は絶対に録れないし、第一ひとのマネをすることほど馬鹿げたこともないだろう、と答えたんですね。
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クラーヴェスの日本で録音は立川市民会館大ホールで行われている。
ここでヤーコプ・シュテンプフリと同じマイク・セッティングをしたところで、
同じ録音器材を使ってみても、シュテンプフリと同じ音で録れるわけではない。
「音は人なり」と、オーディオの世界では昔からいわれ続けている。
録音の世界も「音は人なり」であるわけだ。