オーディオレコード的という意味でのオーディオ機器(その2)
ドンシャリ、という表現があった。
いまも使うようではあるが、以前からするとオーディオ雑誌で目にすることはかなり減ったし、
オーディオマニア同士の会話でも(少なくとも私の周りでは)、
ドンシャリという単語を耳にすることはほとんどない。
説明するまでもないと思うが、ドンシャリとは
低音がドンドン、高音がシャリシャリと表現されるような音のことだ。
日本の、ずっと以前のオーディオ機器(特にスピーカー)は、ドンシャリの傾向が強いといわれていた。
けれど、中音域が大事だという動き・考えが起ってきて、やがてドンシャリ型の音は消えていった。
いわばドンシャリ型とはナローレンジのカマボコ型とは正反対の特性の音ともいえ、
それは技術が進歩して低域も高域も、以前より延ばせるようになってきたから登場したといえるだろう。
私がオーディオに興味を持ち始めたころは、ドンシャリ型の音は消えはじめていた。
ところが、面白いことにアメリカからドンシャリ型のスピーカーシステムが登場するようになっていた。
ステレオサウンド 60号・特集の座談会で瀬川先生が、そのことについて語られている。
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彼らが挑戦しようとしている過去のアメリカの音というは、非常に乱暴な分類をしてしまうと、スピーカーでいえばカマボコ型の特性をしている。中域をたっぷりさせて、高域と低域はスローダウンさせる。それはアルテックだけに限らず、JBLだって初期のスピーカーはそうだし、エレクトロボイスにしても、ARにしてもいってみればカマボコ型だったそこで、それらの反動として、いまのアメリカ若い世代は、突然低域と高域を強調した「ドンシャリ」に目覚めたのではないかと思います。このドンシャリというのは、カマボコ特性に対するものとしていっているので、決して悪い意味でいっているわけではありません。これはぼくの勝手な思い込みではなくて、何人かの若いオーディオファイルやオーディオ関係者に会って、彼らの音を聴かせてもらってわかったことなのです。いままでのアメリカのスピーカーでは出なかったところのハイエンドやローエンドに、絶対彼らはびっくりしていると思う。このIRSというスピーカーにしても、そのドンシャリ型の音を彼らの現在の理論、方法論でどこまで煮詰めていけるかというような考え方の一つの現れではないかと思います。
日本でもかつてドンシャリ時代がありましたよね。それに対して、中音も大事にしようという動きが起こってきて、そのうちにアメリカやイギリスのバランスのいいスピーカーがだんだん日本に入ってくるようになり、本当に低音から高音まできちんとエネルギーバランスのとれた音はどういう音かということを、ようやく日本人もここ数年来広く理解するようになってきた。ところが、アメリカというのは、その点もう一遍本卦還りしているんじゃないですか。つまり、菅野さんも言われたように、アメリカの過去のオーディオの黄金時代をつくった人間が齢をとってしまった、という思い込みから、しかもその良き伝統を受け継いでいないから、アメリカの若い世代のエンジニアというのはまったくのゼロからスタートしているのです。ゼロからスタートするとやはり、まずドンシャリにひっかかりますよね。これはいまの世代の人にかぎらないと思う。個人的には、少し幼いところがあるという感じがするのですが、こういうものを果敢につくる開拓精神というのはすごいものだと思います。
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「ゼロからスタートするとやはり、まずドンシャリにひっかかりますよね」とある。