Date: 6月 8th, 2010
Cate: 理由
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「理由」(その10)

「五味オーディオ教室」は、タイトルからして、「西方の音」「天の聲」とは違う。
装幀も、ずいぶん違う。それに学生にも求めやすい定価がつけられていた。

「西方の音」「天の聲」よりも発行部数は多かったかもしれない。
だから、私の住んでいたイナカの書店にも並んだのだろう。

そういう意味では、特別な本ではない。
オーディオ好きの人にとっても、それほど特別な本ではないのかもしれない。

でも、私にとっては、あとから読んだ「西方の音」「天の聲」「オーディオ巡礼」よりも、特別な本である。
五味先生の、音楽とオーディオについて語られた、どの本も私にとっては特別な本なのだが、
そのなかでも、最初に読み、もっともくり返し読んだ「五味オーディオ教室」より、特別な本は、いまのところない。
おそらくこれからも、これ以上特別な本は、私にとってはないのかもしれない。

「五味オーディオ教室」は「音を知り、音を創り、音を聴くための必要最少限の心得」からなり、
最後の40箇条に、「名盤は、聴き込んでみずからつくるもの」とある。
     *
レコードは、いかに名演名録音だろうと、ケースにほうりこんでおくだけではただの(凡庸な)一枚とかわらない。くり返し聴き込んではじめて、光彩を放つ。たとえ枚数はわずかであろうと、それがレコード音楽鑑賞の精華というものだろう。S氏に比べれば、私などまだ怠け者で聴き込みが足りない。それでも九十曲に減ったのだ。諸君はどうだろうか。購入するだけでなく、聴き込むことで名盤にしたレコードを何枚持っているだろうか?
     *
レコードを本に、ケースを書棚に、置換えるなら、本はくり返し読み込んではじめて、光彩を放つ、わけだ。
これだけは、自信をもっていう。
読み込むことで、「五味オーディオ教室」を名著に、そして特別な本にした、と。

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