複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その16)
O君は遅刻はしないものの、いつもぎりぎりに出勤していた。
ダイヤトーンの取材の日は休日出勤だから、早く来ることはないな、と思っていた。
けれど、彼はずいぶんと早く出社した。
なぜなのかはすぐにわかった。
彼は少しでも早くて来て、試聴が始まるまでの時間、
彼の好きなCDをDS9ZとマッキントッシュのMC2500の組合せで聴くためであった。
彼の手には、彼の好きなCDが数枚あった。
いそいそと試聴室のある三階に降りていくO君。
CDプレーヤーとアンプの電源を入れる。
それで、昨夜の音とまったく同じ音が出てくれれば、
オーディオは、ある意味、楽なのだが、
多くの人が体験しているように、一度電源を落し、聴き手が寝てしまった翌朝の音は、
どこもいじっていないにも関わらず、昨夜の音は、たいていの場合出てこない。
それがオーディオであり、
もう一度、あの夜の音を、ということでふたたび調整していく……。
そして、あの夜の音とまったく同じとはいかないものの、
また違った良さの音が出てくる。
けれど、その音も一夜明けてしまえば、どこかに行ってしまう。
そういうことをオーディオマニアはくり返して、一年、二年……十年、
それ以上の月日を経ていく。
O君は、音楽好きではあっても、いわゆるオーディオマニアではなかった。
だから、この日、彼ははじめて、多くのオーディオマニアが体験していることを味わったわけであり、
オーディオマニアへの道を歩みはじめた、ともいえる。