Date: 8月 7th, 2013
Cate: アナログディスク再生
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私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その5)

電源コードを交換すれば音は変る。

家庭用のAC100Vが発電所から部屋のコンセントに届くまでのあいだに、
どれだけの距離を通り、どれだけのものを通っているのかを考えれば、
いくら電源コードが1mとか2mとか、シェルリード線に比べれば長いとはいえ、
発電所からの長い距離の中で見れば、その割合はシェルリード線よりも小さい。
にも関わらず電源コードを交換すれば、音は変る。

AC100Vに関しても、理想をいえば100Vの発電機が近くにあり、
その発電機のコイルから直線銅線がのびていて、途中ブレーカーやコンセントなとの接点を経由せず、
できれば発電機から伸びてきている銅線で、電源トランスの一次側のコイルを巻く、ということになる。

こんなことは実際にはできないことだけど、これを理想とすれば、
現実の電源の供給には、途中途中にいくつものものが挿入されている。
カートリッジの信号をアンプの入力端子に伝送する系と同じように、だ。

だからこそ、電源コードで音が変るのだ、と私は考えている。

つまりどちらも理想の状態からは遠く離れている。
いくつものモノが挿入されている。そのことによって崩れているなにかがある。

つまり、私達がリスニングルームでやっていること、
シェルリード線を交換すること、電源コードを交換することは、
なんとか整合性をとろうとしている、つじつまをあわせそうとしている、
そういう行為のように感じている。

全体からみれば、そんな細かい(短い)ところを交換しても……、
とこんなふうにケーブルの交換に昂ずるのを批判的に見ている人もいるけれど、
そうとも一概にはいえない。

昂じている人がどういう意識でやっているのか、
傍から見ていてはわからないところもある。
ただ音の変化を楽しんでいるだけなのかもしれないし、
無謀ともいえるかもしれない整合性の確保、つじつまあわせをしているのかもしれない。

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