手がかり(その11)
歌は人の声によって歌われる。
声は言葉を歌っている。
けれどつねに言葉のみを歌っているわけではなく、
また聴き手もつねに歌い手による言葉のみを聴いているのではなく、声を聴いている。
声は言葉のみではない。
叫び声、泣き声、笑い声といった、言葉から離れたところにある声がある。
人は生れたばかりの頃は言葉をしゃべれない。
泣き声でもっぱら意思表示をする。
その泣き声を親は聴き分ける。
泣き声という声を聴き分けている。
つまり、このことは泣き声を発している赤ん坊も、
無意識ではあるのだろうが、泣き声を使い分けているからこそ、
そのこの親は泣き声を聴き分けられる、ともいえる。
言葉を必要とせずに、コミュニケーションが成立する。
原始的なコミュニケーションではあるけれど、言葉という具象的なものに頼らずにそれを行っている。
声とのつきあいは、そうやって始まるからこそ、
いまもわれわれは声に対して敏感に反応できるのではないのだろうか。